>>125
下記は、本一冊で、図も多く丁寧な解説ですね
http://tunnel-knot.略.jp/3-manifolds.pdf (URLが通らないので略)
20130503 電子版3 次元多様体入門 森元勘治

電子版 あとがき(ポアンカレ予想の解決)
21 世紀になったばかりの,2002 年頃,ポアンカレ予想が解かれたらしい,という噂が数学者の間を駆け巡りました。
私がポアンカレ予想を身近に感じたのは,大学院博士課程の学生であった 1986 年頃,イ
ギリスの二人の数学者がポアンカレ予想を解いたと言っているらしい,という知らせが入
り,そのプレプリント(正式論文になる前の原稿)が出回ったころでした。そこで,その当
時大阪大学におられた小林毅さんが中心となって,プレプリントの読み合わせが行われま
した。議論は,本書でも紹介したヒーガード分解を用いた証明であり,与えられた多様体の
ヒーガード分解を考え,基本群が自明な群であることを用いて,種数を落とし,最後に種数
0 の S3 になることを示すという手法でした。しかし,細かい議論において,どうしても追
求できないところがあり,どうしたものかと悩んでいる内に,世界の各所で(特にアメリカ
で),議論に不備があるということになり,そのまま立ち消えになってしまいました。また,
1989 年頃,フランスの数学会に出席した折,フランスの数学者が,ポアンカレ予想の解決に
ついて長時間の講演を行っていましたが,聴衆はあまり信憑性を感じていないようでした。
歴史をひもとくと,プリンストン大学において,パパキリヤコプーロスとその後を追いかけ
るハーケンが熾烈な競争を続け,その “証明” を巡って,厳しいやりとりがあったことは,あまりに有名な伝説となっています。
2006 年 8 月 22 日,スペイン・マドリッドの国際会議場で 4 年に 1 度の国際数学者会議が
開催され,開会式において,フィールズ賞の受賞者が紹介されました。私は,その会議場の
2 階奥の席でじっとその時を待っていました。司会者が,ペレルマンにフィールズ賞を授与
することを会場全体に告げました。しかし,ペレルマンは一向に現れません。そして,しば
らくした後,司会者から,「ペレルマンは受賞を辞退し,この会場には現れません」と告げら
れると,会場全体にどよめきともため息とも言えぬ空気が流れました。
(引用終り)