カントールは実数(無理数)を
3.14159265358979・・・・ とか
2.718281828459045・・・・ とか
無限小数の形で表わした。
1桁進むごとに許容範囲の幅が 1/10 に狭くなっていき、
やがて0に収束する。(縮小区間列と等価)
その中には相異なる2数は入り得ない。

それなら 1つは必ず有るのか?
それは神のみぞ知ることだった。(どちらにしても矛盾しない。)

そこでコーシー[1]は「極限値はある」と仮定して収束判定法を導いた。
カントルやデデキントもこれと同値な命題を見つけて正当化を試みたが、
いずれも循環論法だった。
そこで、その中の一つ(デデキント[2]の切断、カントール[3]の基本列、etc)を公理として認めることにした。
これでコーシーの収束判定法が証明できる。

しかし、神は本当に「ある」とお考えだったのか?

この不思議さ、気持ち悪さを、クロネッカーは「人造物」なる語で表わした。

Die ganzen Zahlen hat der liebe Gott gemacht, alles andere ist Menschenwerk.

参考文献
[1] A.L.コーシー:「解析教程」(1821)
[2] J.W.R.デデキント:「連続性と無理数」(1872)
[3] G.カントール:「集合論の一つの基本的問題について」(1890-91)