>>405
>このスレみてると「数学とか物理学は天才が現れてそのひとによって改革される」
>という間違った(だけどよくある)歴史観そのまんまなんだよな。

その発言には、いろんな解釈と、いろんな意見があると思う

1.「数学とか物理学は天才が現れてそのひとによって改革される」には、西洋(欧米)の世界観が入っていると思う
 つまり、数学とか物理学とか、科学に限らずだけれど、とにかく個人の業績に分解しようとする
 例えば、複数人が協力して書いた論文の業績でさえ、筆頭の名前がだれで、二番目がだれで、それぞれ具体的にどうその論文に貢献したかを分解しようとする
2.まあ、それが可能だった牧歌的な16世紀から20世紀だったかも知れない
 16世紀ころだったかな? グーテンベルクは15世紀らしいけど、数学のテキストが印刷され記録に残るようになった
 そこら辺りから、これはだれの理論だとか、結構数学史の記録がチェックできるようになった
3.一方で、日本では、そういう個人の業績への分解意識が希薄で、俳句や茶道みたく子弟関係と流派を受け継いだような伝統があって、論文筆頭者は、流派のボスだとか、ボスは貢献していないけど、名前だけ入れるとか
 要は、グループでなんかやって、論文書くみたいな時代もあったとように思う
4.で、現実はと言えば、その折衷みたいな話ではあるのだけれど、「〇〇予想解決〜!」みたいなときに、極端に言えば、大伽藍の最後の欠けていたレンガの一枚を補充した人だけが、予想を解いた人みたくされるのが西洋流
 (これは極端な見方かもしれないが、そういう傾向はあるし、細かく分析しだすと、異論がいろいろ出て収拾がつかないかもしれないし)
5.でも、ある天才が、突然時代を超越した飛躍を、つくるのもまた事実。物理で言えば、2回微分の加速度みたいなね。巡航速度で動いてた数学の進歩が、一人の天才によって、進歩が加速されるが如し
6.IUTについて言えば、一人で大伽藍を組み立てた観があると思うよ(^^

(参考)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%8F%E3%83%8D%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%BC%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%AF
ヨハネス・ゲンスフライシュ・ツア・ラーデン・ツム・グーテンベルク(1398年頃 - 1468年2月3日)