>>682
実物が出来る前に、概念が先行しているってことかも

(参考)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%9E%E3%82%B7%E3%83%B3
チューリングマシン (英: Turing machine) は、アラン・チューリングが「計算可能性」に関する議論のために提示した抽象機械である。
歴史
チューリングの「計算可能数について──決定問題への応用」(1936年)において提示された。同様なものを同年にエミール・ポスト (Emil Post) も独立に発表している。構想の理由、動機についてはポストの論文が明確だが、機械自体に関する記述はチューリングの論文が詳細である。次いで、同時代に提示された他の計算モデルも計算可能性の理論からは同等であることが確認され、チューリング=チャーチのテーゼはそれらを「計算可能」の定義とすることを提唱した。
現実の計算との関係
実際の計算機の基本的動作も、突き詰めて考えれば、このチューリング機械の原理に従っているといえる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%88%E7%AE%97%E6%A9%9F%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2
計算機の歴史
コンピュータ
アラン・チューリングの1936年の論文は[41]、コンピューティングと計算機科学に重大な影響を与えた。
理論から実際に話を移すと、プログラム内蔵方式と、いわゆるノイマン型アーキテクチャが、いくつかの観点から重要とされている。後者はそのように呼ばれてはいるが、発案はジョン・フォン・ノイマンによるものではないとされているが、ノイマンは前述したチューリングらの仕事を熟知していたため、「ノイマン型」と呼ばれる元となった草稿の執筆の際にはそのことは当然意識していたであろう、とする見方がある。

アメリカ合衆国での開発
ENIAC
ジョン・モークリーとジョン・プレスパー・エッカートの指揮でペンシルベニア大学で行われたENIAC開発・製作は、1943年から1945年末までかかった。30トンの重量のある巨大なマシンであり、18,000個以上の真空管を使っている。そのため真空管の故障を最小化することが技術的な最重要課題となった。完成後は約10年間継続的に使われた。