詰将棋って、将棋のルールに対してまさに「意図的な制限(何手で詰めだの、必ず王手しろだの)」が加えられた訓練だよね。

そして実際の将棋で強くなる訓練としても(少なくともプロ棋士の間では)異論がないところだと思うけど、果たして「意図的な制限の元で問題を解く訓練は実際の問題に対しては役に立たない」派の人たちってこれに対してどう反論するんだろう?