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つづき

では、「有限性j は第一階論理の言語で表現できるのか。これはできないこと、たとえ無限
個の論理式を使ってもできないこと、が分かつている。さらに、「無限性」はどうか。 f無限個の多
くの対象が存在するj ということを、無限個の定項を援用し、無限個の論理式を用いれば表現でき
る。定項を援用しないで純粋に論理的な言語で無限性を表現する方法として、よく知られたデデキ
ントの定式化がある。すなわち、ある集合(領域) Aが無限である(無限の要素を含む)とは、 A
から A自身の真部分集合の上への(=その部分集合全体をカヴァーする)単射(異なる要素を異な
る要素へと移す写像= 1価関数)が存在する、というのがその定義の仕方である。 Aが有限集合で
あれば、 Aの真部分集合の要素の個数は A自身の要素の個数より小さくなるから、対応させる先の
要素の個数が少なくなってしまうのととろが、単射は定義域の要素の「多さかげんj をそのまま保
って対応させるから、有限集合の相手先の要素の数が足りず、重複せざるを得ない。よって、単射
は存在しえない。そういうことができるのは無限集合にかぎる。そこで、これが無限集合たること
(「無限性J)の定義と見なされる。しかし、これを表現するには、一階の論理言語ではできない。
全称記号‘ V’を関数(または関係)記号にも作用させる二階の量化が必要があり、(少なくとも)
二階の論理言語に訴えざるを得ないからである。

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4.レーペンハイム・スコーレム定理
いくつかの理論は必ず無限モデルを持つ。すなわち、それらの理論は、領域の要素(=個体、対
象)の個数が有限であるような構造では、真とならない(成り立たない)のである。ところが、レ
ーベンハイム・スコーレム(Lowenheim-Skolem)定理によれば、無限モデルを持つ理論で、カテゴ
リカル(範購的)であるような、そういう理論が存在しなくなる。理論がカテゴリカルであるとは、
それらのそデ、ルで、ある構造が同型で、ある(isomorphic:構造の領域の問に関係を保存するようなパ
イジェクション=全単射の写像が存在する)ということであるが、そのためには、構造の領域の基
数が等しくなければならない。しかし、レーベンハイム・スコーレム定理によれば、無限モデ、ルを
持つ理論においては、異なる無限基数を持つ複数のモデルが必ず存在する。従って、それらのモデ
ルの間に、同型写像は存在しえず、理論はカテゴリカルではありえない。

つづく