>>364
>> 数学の基礎付けの研究は,数学が厳密でありさえすればよい, という価値観を確立しようとしているものではない.
>厳密でなくとも良いとは言ってない

心配しなくても、厳密でない数学は、これからも、多分無いよ
現実の世にある曖昧なことを、数学的に厳密に扱おうという努力は、これからも成される

だが、21世紀になって、コンピーターサイエンスが発達してきたいま
数学でも、人とコンピーターとの共同というのが、眼前の問題として浮かび上がっていると思う

あたかも、将棋でも、新戦法はもう人とコンピーターとの共同でしか生まれないが如しでしょうね
数学では、数式処理ソフト(いまでは数学処理ソフトというべきか)が発達して、それを使った研究も増えているよね

そういう時代には、人とコンピーターとの役割分担を考えて行かないと
それが、新井 紀子氏「数学は言葉」じゃないかな? 

もちろん、「数学の言葉」のベースはロジックだけど
それは20世紀前半に主流だった一階述語論理から、21世紀の今は 一階述語論理を脱する動き主流になっていると思う
(それが、古い従来の基礎論を脱する動きの底流にあると思う)

ショルツェ氏も、コンピーター証明を考えているという話がある
そういう時代じゃないですか? コンピーターの上に人がいて、「数学は言葉」だと