どうして「非可換」っていわないで、遠アーベルというのかしら、
非可換とはちょっと違うのだろうか。「非」は否定だけど、「遠」は否定ではないが「かなり違う」というニュアンスだろうか。
最初聞いたときはあまり数学的な形容ではないと思った。