>>591

下記のところは、
>具体的には、(代入点の)ラベル付けの置換で不変な世代交代の極限を取ることになる。
>これは考えてみれば恐ろしく複雑な組み合わせ論を考えなければならない

IUTのWikiで、「数論におけるさまざまな予想、特にABC予想を解く要件[1]の考察」の
文献1の「不変な世代交代の極限」の、頁1で、最初に得た発想のところだよね。

<https://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~motizuki/Suuronteki%20log%20scheme%20no%20kenrontekihyouji%20kara%20mita%20daen%20kyokusen%20no%20suuron%20(Hokudai%202003-11).pdf>

通常の集合論(全知型)では代数(極限の近似しかできない)が、
局認型だと一種の解析・極限ができるとして、望月が2003年に得た着想のところだよね。

ショルツェが指摘する2015年の以前に、望月が自身で文書化していることから、
別段にショルツェが新たに指摘したこと、ではなくて、
昔からわかっていた課題だよね。

望月は、
>ラベル付けの置換で不変な世代交代の極限を取る
>複雑な組み合わせ論を考えた
を、気が付かなかったわけでなく、むしろ2003年に、それを問題の中心としていたわけで、
上記の順序であれば、ショルツエより「先に解いていた」ことになる。

また、望月が上記文献でそれを指摘していて、解いたことは明らかだから、
ショルツエからそれの指摘があれば、上記文献と全く同じ「中心の課題」だから、
「査読者に説明した」だろうから、それは「査読されて理解を得た」範疇だと思うよ。

ショルツエの指摘は「それは複雑で難しい」までしか言って無く、間違っている、とは言ってない。
間違えと言い切れるなら証明するべきですが、僕は傍観者なのでそれが見たい!!!)

上記経緯で、査読の範疇と容易に解るので、
>具体的には、(代入点の)ラベル付けの置換で不変な世代交代の極限を取ることになる。
>これは考えてみれば恐ろしく複雑な組み合わせ論を考えなければならない
のところは、(今は)査読結果の方が正しいと思うのが、普通だね。