無限の場合がある算術的な命題を幾何学に翻訳して解析の手法を使って評価するというのはなんとなくわかる。
組み合わせ論だと容易に爆発するから、そこをうまく「抑える」ということだと思うけど。
IUTTの「真骨頂」は加藤本でいうところのパズルが合わないのを別の宇宙に入れ子上に変換していって、
その宇宙同士の「交通」でパズル合うようにするというところのようだから、そこがよくわからない。
なんだから、公理をいろいろ変えたり、付け加えたりすると「証明できるもの」ことがいろいろ変わるような感じなのかな。
ただ、元の公理系に独立のものを付加してできる新たな公理系同士は両立しないものがある。
その両立しないものどうしの「交通」というのはかなり無理があるだろうから、ここはちょっとイメージが違うのかもしれない。
でも、なんだかそれに近いことをしているのかもしれない。
そこをすごい技巧で細い通路(際)を通ってするのだとしたら、そういうのは本当の意味で「新しい考え」とかなのかしら。
いろんなものが直感的に見やすくなるというほうが価値があるようにも思う。
顕微鏡とか望遠鏡とかの発明を思い浮かべるとだけど。。まあ現代数学はそういう素朴なものではないのだろうが。