>>145-146
どうも、ありがとうございます。
あなたは、レベル高いね
一日考えてくれたんだね

で、私の言いたいことが、分かってくれたみたい
言いたいことは、「ωに対応する {{{...}}}ω={}の可算多重の存在」が、あっても良いんじゃない。一つの極限として>>143
ってことで、それが、1)ZFCの中か、2)ZFCの外だが別の集合論の中か、3)完全に(既存の多用な)集合論の外か
それには、こだわらない。だが、上記1)〜3)のどれも未証明だよね。証明を考える暇な人もいないだろうが

さて、いくつかの視点で掘り下げてみよう
1)”一つの極限として”は、まあ無限大とか無限遠点みたいなものです
 無限大とか無限遠点は、考えられるけど、他の公理からは導けないから、公理として追加するんだよね
(無限遠点は、”射影”として理解できるが、ユークリッド幾何の公理の外だよね)
2)公理系の発展の歴史は、結局はそういうものでしょ? 公理はできるだシンプルにしたい
 だけど、有用な概念は、公理系の中に存在してほしい。必要なら公理を追加してでもね
(注:一般論としての話で、{{{...}}}ωが上記「3)完全に(既存の多用な)集合論の外」を完全に認めたわけじゃないよ。その可能性はあるけど)
3)なお、上記の「必要なら公理を追加してでも」って話は、ゲーデルの不完全性定理で、明白になったことでもある
 ゲーデルの不完全性定理の後、一般の数学者は、新しい概念を追加するとき、それがZFCの内か外か*)をあまり気にしなくなった気がする
 ( *)もっと一般に、ZFC以外の集合論も含めた内か外かも気にしていないのでは? 圏論がそれを輪をかけた気がする)
4)だから、おサルが、{{{...}}}ωの存在を必死に否定するのが、滑稽でねw
 じゃ、{{{...}}}ωが、「1)ZFCの中か、2)ZFCの外だが別の集合論の中か、3)完全に(既存の多用な)集合論の外か」を厳密に証明してみろ!
 ってこと
(大雑把な議論としては、あたなの言うことは分かるよ。でも、それは証明されたわけじゃないよね)

言いたいことは、以上です