>>465 補足
> 2.ショルツェ氏の間違いは、望月氏の定義をsimplificationしちゃったってことね
> そうすると、お互い違う定義での議論になるよね。その議論は、凄く危険だってこと
> 本来は、共通の定義で議論しないといけないんだ

二人の数学者AとBと、議論をしているが噛み合わない
聞くと、お互いの定義が異なっていたという
それじゃ、話が合わなくて当然!

実際、ショルツェ氏自身が、”This will involve certain radical simplifications”と書いているよね(下記)
そして、結論として、”which leads to an empty inequality.”つまり、不等式は導けない という

一方、望月氏は、「そんなsimplifications するから、おかしくなる」という
お互いの主張が噛み合わない

実際、ショルツェ氏の主張が、厳密な数学になっていないのは明白だ
”simplification”なんて、百人居れば百様のやり方が可能だ

だから、本来は、ショルツェ氏が”simplification”無しでも主張が成り立つという証明をしなければいけない
しかし、その証明は、おそらくIUT自身と同じ複雑さになるだろうから、数百ページを要するかも

よって、普通は、原論文のギャップをピンポイントで指摘する。証明の欠陥を議論するときにはね
それをしないで、”simplification”だけの議論で終わったことは、大きな問題なのです

そんな話は、数学を知る人ならば、ごく常識の話なのだが、
フィールズ賞に目がくらんだひとには、それが見えなくなっているのです

つづく