>>497
>ラッセルパラドックスに関して
>包括原理(内包公理)の制限による解決
>ytbブログ 20070912/p2
>論理の制限による解決
>ytbブログ 20070917/p1

それ正しいよ
下記に、「ラッセルのパラドックス」を含む 自己言及のパラドックスの説明がある
その解決案の一つが、言語階層に制限をつけるという案
(注:ここの言語階層の階の定義と、second-order logicの”order”とは定義が違うことにご注意)

つまり、Fregeの最初の内包公理は無制限で、”in second-order logic”だったわけだ>>498
で、制限された内包公理で、Zermeloはパラドックスを避けることにしたわけです
結果、”in first-order logic”だったわけです

余談だが、基礎論廃人は、この話には全く入ってこれないんだよね、きっと
また「定義! 定義!」と、外野から叫ぶのだろうがwww

(参考)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E5%B7%B1%E8%A8%80%E5%8F%8A%E3%81%AE%E3%83%91%E3%83%A9%E3%83%89%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9
自己言及のパラドックス
哲学および論理学における自己言及のパラドックス(じこげんきゅうのパラドックス)または嘘つきのパラドックスとは、「この文は偽である」という構造の文を指し、自己を含めて言及しようとすると発生するパラドックスのことである。
「この文は偽である」が真なら、それは偽だということになり、偽ならばその内容は真ということになり……というように無限に連鎖する。同様に「この文は偽である」が偽なら、それは真ということになり、真ならば内容から偽ということになり……と、この場合も無限に連鎖する。
目次
1 歴史
2 パラドックスの詳細と派生
2.1 集合論におけるパラドックス
2.2 土地台帳法
2.3 パラドックスでないもの
3 様々な解決案
3.1 言語階層
3.6 Dialetheism
4 嘘つきのパラドックスの論理構造

集合論におけるパラドックス
詳細は「ラッセルのパラドックス」を参照
集合論における典型的なパラドックスは次のようなものである。これは特に、バートランド・ラッセルが議論の対象としたことで知られる(ラッセルは述語論理における同様のパラドックスについても議論している)。

つづく