>>318
> >>17の時点で、ポントリャーギン双対 に言及していたなら、「この人ちょっとレベル高い」と思ったろうが
>今言われても、全部おれの後追いでしかないぜよww

補足
 すでに、>>53 時点で
https://arxiv.org/pdf/2202.00219.pdf
Approximating Absolute Galois Groups
Gunnar Carlsson, Roy Joshua
February 2, 2022
Proof: Statement (1) is one version of the statement of the Pontrjagin duality theorem,
(引用終り)

と引用してある
”Pontrjagin duality”(ポントリャーギン双対)が、こんなところに出てくるのかと
その時は、”へー”思った
その後、あちこちのProfinite integer文献で、”Pontrjagin duality”は出てきた
 >>318 で挙げた文献は、その中でも ”Pontrjagin duality”について比較的まとまった記述がものとして挙げたんだ

因みに、ポントリャーギン先生は、昔は盲目の幾何学者(位相幾何)として、著名だった
また、岩波のポントリャーギン「連続群論(上下)」というのがあって、名前だけは知っていた
「連続群論」は、昔は定番扱いだった気がする
”ポントリャーギン双対”も、何度か目にした(目にしただけですがw)

(参考)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%9D%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%82%AE%E3%83%B3
ポントリャーギン(1908年9月3日-1988年5月3日)は、ロシアの数学者
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/39/Lev_Pontrjagin.jpg
略歴
ロシア革命前のモスクワに生まれ、ソビエト連邦崩壊直前にこの世を去った。彼の家庭はとても貧しく月謝の安い実験学校さえ行けず、4年制の小学校で最初の教育を受けた。14歳の時にプリムス・ストーブの爆発事故により失明した。そんな彼が数学者となれたのは母親の献身的な努力があったからだと言われている。 農家の主婦だった彼の母親タチヤーナ・アンドリェーエヴナ・ポントリャーギナは、彼が身を立てるための一切の世話を引き受けた。文献を読んで聞かせたり、論文に式を書き込んだり、さらに彼女自身外国語を習得して彼の完全な「秘書」を勤めた。数学者となった彼の専門分野は、幾何学(微分幾何学)だった

つづく