>>402
>その視点から197と214に対して
>何かコメントを頂けませんか?

・197については、>>405
>>214 は、
 ”螺旋階段というのは
 定義の一つの説明であって
 定義ではない ”というけれど
 >>401 蟹江幸博氏 リーマン自身の言葉(『アーベル関数論』)
 ”この面は二重又それ以上に重なるだろう。 そこでこの面はそれぞれが関数の分岐に対応するような二重また多重の葉から成っている。 関数の分岐点の周りではこの面の一つの葉は他の葉に接続され、この点の近傍ではあたかも(x,y)平面に垂直な軸と無限小のピッチを持つ螺旋面のように見える...”
 ここで、「この点の近傍ではあたかも(x,y)平面に垂直な軸と無限小のピッチを持つ螺旋面のように見える..」は、リーマン自身の言葉であって
 この時代では、これがリーマン自身による、リーマン面の定義であって、ここからリーマン面が始まったってこと。これを認めようね
 このリーマンの定義は、後世からは批判されるとしても、数学としてのリーマン面の始まりは、まさに渕野語録の通り
 ”「生きた」「実存としての」(existentialな)数学で問題になるのは,
 アイデアの飛翔をうながす(可能性を持つ)数学的直観」とよばれるもので,
 これは, ときには,意識的に厳密には間違っている議論すら含んでいたり,
 寓話的であったりすることですらあるような,
 かなり得体の知れないものである”
 ってことですね(素朴なアイデアや思いつきを、軽視してはいけないと思う)