>SS文書についても、その問題点をしっかり説明する
>「∧と∨の話」も、あれ読んでよくわかった!と、納得した人も少ない気がするな

IUTの論理体系で何が誤解であるかの説明が目的と書かれたレポートだよね。
結果に何を期待するの?

誤解した人が、「それは確かに私の誤解でした」と表明すること?
逆に、もし望月の文書に誤りがあれば、必ず「∧と∨論文に誤りがあった」と表明があるよ。

だって、初期のIUTの修正では、にヴェッセリン・ディミトロフとアクシェイ・ヴェンカテシュの誤りを指摘した。
またIUTは、誤りを認めて、強い証明から弱い証明になる修正で対応した。

査読が正しかったことも、他からの誤りの表明が無いことで、次第に担保される。
査読者は、論文に過誤 がないかを査読するならば、他も過誤が見つからないならば、
査読に信憑性があることを、受け入れるしかない。

注意が必要なのは「分からない」は「誤りがある」との区別。
読者が専門でないための「分からない」は、本人の論文が分かりたい要求が満たされない不満な場合もあるし。

若手が分かり易くするのは、数学的な論争が落ち着いた後に、IUTの本体なのだろ。

STAP細胞のときは、1年以内に次々に過誤が指摘されて、理研が追い込まれたけど、
IUTは編集委員会が査読通過を発表してから、2年間で認定された過誤がまだ無い。

ショルツェは結局、数学的な回答をして決着させず、「周りの心無い書き込み」の違う理由で
継続しない旨をNスぺで表明した、過誤に関する情報をもう出さない意向である。

しばらく、誤りが出るかの段階(何も出すもう飽きた)の後に、「分かるよう]
に」の段階になるのだろ。