博士はすべからく高待遇であるべきだ、という主張こそが道理を歪める横車だろうな

ちなみに、「努力出来る人が有能」という価値観は、昭和までは通じたかもしれないが、令和の時代に正しいとは俺は思えない
例えば、「書類にハンコを押す仕事」があったとして、「努力出来るから黙ってハンコを押すタイプ」よりも、「努力したくないからハンコを押す意味から見直すタイプ」のほうが、仕事において有能だろう
「貰ってるお給金の分だけ最低限努力する人材」のほうが重要なんじゃないかと俺は思う