「近世数学史談」のクライマックスは次の部分です。

そういう不分岐などいう条件を捨ててしまって, 少しやってみると,
今ハッセ(Helmut Hasse 1898-1979. ドイツの数学者.)なんかが,
逆定理(ウムケール・ザッツ)と謂っている定理であるが,
要するにアーベル体は類体なりということにぶつかった.
当時これは, あまりに意外なことなので, それは当然間違っている
と思うた.間違いだろうと思うから, 何処が間違っているんだか,
専らそれを探す.その頃は, 少し神経衰弱に成りかかった
ような気がする.よく夢を見た.夢の裡で疑問が解けたと思って,
起きてやってみると, まるで違っている.何が間違いか,
実例を探して見ても, 間違いの実例が無い.大分長く間違いばかり
探していたので, 其の後理論が出来上がった後にも自信が無い.
どこかに一寸でも間違いがあると,理論全体が,その蟻の穴から
毀われてしまう.外の科学は知らないが,数学では
「大体良さそうだ」では通用しない.特に近くにチェックする
人が無いので自信が無かったが,漸くのこと1920年に,
チェックされる機会が来た.

お粗末な補足をつけるなら次の通りです。

しかしこの機会というのはストラスブール(Strasbourg
フランスの都市ですが1918年まではドイツ領の
Strasburg(シュトラスブルク)でした。高木が学生時代に
ウェーバーの本で代数学を学んだのは藤沢利喜太郎(1861-1933)の
影響でしたが、藤沢はここでクンマーの弟子のクリストフェル
(E.B.Christoffel 1829-1900)の指導で学位を取りました。)で開かれた
ICMで、戦争の影響でドイツからの参加者はほとんどなく、
高木論文をチェックできる人もいなかったようです。
とはいえ『近世数学史談』によれば論文は直ちにヒルベルトに送られ、
1921年にはハンブルク大学でも読まれていました。
「アーベル体は類体なり」を詳しく述べたのがこの論文の主定理です。
クロネッカー青春の夢は結局この主定理の系として解決されました。