>>659
>野々宮のモデルは寺田寅彦
なるほど
下記ですね
ほんと、あなたは教養あるね!
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%BA%E7%94%B0%E5%AF%85%E5%BD%A6
寺田 寅彦(1878年(明治11年)11月28日 - 1935年(昭和10年)12月31日)は、日本の物理学者、随筆家、俳人
東大物理学科卒。熊本の五高時代、物理学者田丸卓郎と、夏目漱石と出会い、終生この2人を師と仰いだ
寅彦は自然科学者でありながら文学など自然科学以外の事柄にも造詣が深く、科学と文学を調和させた随筆を多く残している。その中には大陸移動説を先取りするような作品もある。「天災は忘れた頃にやってくる」は寅彦の言葉といわれ、発言録に残っている
今日では、寅彦は自らの随筆を通じて学問領域の融合を試みているという観点からの再評価も高まっている
漱石の元に集う弟子たちの中でも最古参に位置し、科学や西洋音楽など寅彦が得意とする分野では漱石が教えを請うこともあって、弟子ではなく対等の友人として扱われていたと思われるフシもあり、それは門弟との面会日だった木曜日以外にも夏目邸を訪問していたことなどから推察できる。そうしたこともあって、内田百閒らの随筆で敬意を持って扱われている。五高時代には、漱石を主宰に厨川千江、蒲生紫川らと俳句結社紫溟吟社(しめいぎんしゃ)をおこした
また『吾輩は猫である』の水島寒月や『三四郎』の野々宮宗八のモデルともいわれる。このことは漱石が寒月の扱いについて伺いをたてる手紙を書いていることや、帝大理学部の描写やそこで行われている実験が寅彦の案内で見学した体験に基づいていることからも裏付けられる
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%9B%9B%E9%83%8E
『三四郎』は、夏目漱石の長編小説である。1908年(明治41年)、『朝日新聞』に9月1日から12月29日にかけて連載され[注 1]。翌年5月に春陽堂から刊行された。『それから』『門』へと続く前期三部作の一つ
九州の田舎(福岡県の旧豊前側)から出てきた小川三四郎が、都会の様々な人との交流から得るさまざまな経験、恋愛模様が描かれている。三四郎や周囲の人々を通じて、当時の日本が批評される側面もある。「stray sheep」という随所に出てくる言葉が印象的な作品である
野々宮のモデルは、同じく弟子である、物理学者の寺田寅彦である
ガロア第一論文と乗数イデアル他関連資料スレ3
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660132人目の素数さん
2023/05/02(火) 08:36:00.37ID:k4exsDhM■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
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