>>398
>カントールやデデキントが、(素朴)集合論を始めた
>ところが(素朴)集合論で「すべての集合の集合」のようなものを考えるとパラドックスが起きる
>そこで、数学の公理化をしようとなった(ヒルベルト)
>この数学の公理化の部分を、後世では一般に基礎論と呼ぶ

それ、林晋さんに「数学史をちゃんと勉強してない」ってつっこまれるパターン

まず、カントールが集合論を公理化してなかったのは確かだが
彼は「すべての集合の集合を考える」とはいってない

矛盾が見いだされたのはフレーゲの体系

そこには「性質**を満たすもの全体」を
集合とみなすような公理があったが、
そこから矛盾が導けることをラッセルが示した

ツェルメロによる集合論の公理化が上記の影響かどうかは知らない
ただ、そこで選択公理を設けてそこから整列定理を導いたので
別の騒動を引き起こしたけど

さて「数学の公理化の部分を、後世では一般に基礎論と呼ぶ」は全くのウソ

ヒルベルトは「数学の公理化」なんてブルバキみたいなざっくりしたことをいったわけではない
むしろ無矛盾性証明による具体的なプログラムを提示した それが基礎論の淵源
まあ、ゲーデルの不完全性定理により頓挫したけど

今でも証明論というものはある でも別に無矛盾性の確立のためにやってるわけではない
だからこれをもって「数学基礎論」というのは正しくない