>>495
>だからお前が言い出した直観主義ならばラッセルのパラドックスが起きないってのを説明しろって言ってんだよ
脳味噌腐ってるのかよ

・出ました ストローマンw
・>>456 「直観主義でラッセルのパラドックスが回避できるってなんだよ
 a = { x | x ∉ x }という集合の存在から矛盾が証明できないってこと?わいはできるぞ」
 だった
・命題:P→Q
 P:a = { x | x ∉ x }が集合
 Q:直観主義ではラッセルのパラドックスが起きて、結局矛盾する
 と言いたいんだね
・ここで、ラッセルのパラドックスの古典的回避策は
 P:a = { x | x ∉ x }が全ての集合を意味するならば、それはクラスで集合とは認めないってことだ(下記)
・さて、>>454 直観主義では、二重否定の法則を認めないことでも
 "ラッセルのパラドックス"は回避できるのです(常識ですよ)

(参考)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B9_(%E9%9B%86%E5%90%88%E8%AB%96)
集合論及びその応用としての数学におけるクラスまたは類(るい、英: class)は、集合(または、しばしば別の数学的対象)の集まりで、それに属する全ての元が共通にもつ性質によって紛れなく定義されるものである。「クラス」の正確な定義は、議論の基礎となる文脈に依存する。例えば、ツェルメロ=フレンケル集合論 (ZF) ではクラスは厳密には存在しないが、他の集合論(たとえば、フォン・ノイマン=ベルナイス=ゲーデル集合論 (NBG))では、「クラス」の概念は公理化されている(NBG の例だと、別の量 (entity) の要素にならないような量としてクラスが定義される)。

(どのような定式化を選んだとしても)「全ての集合の集まり」はクラスである。(ZF では厳密な言い方ではないが)このクラスだが集合でないようなものは真のクラス (proper class) と呼ばれ、集合となるようなクラス(つまり集合)は小さいクラス (small class) とも呼ばれる。例えば、全ての順序数からなるクラスや全ての集合からなるクラスは、多くの形式体系において真のクラスである。

集合論以外の文脈では「クラス」を「集合」の同義語として使うこともある。この用法はクラスと集合が現代的な集合論の用語法に基づく区別をされていなかった時代からある。19世紀以前の多くの"クラス"に関する議論は集合のことを指していた、もしくはもっと曖昧な概念をさしていた。