>>418
>要するに、ガロア群がアーベル群であること
>ガロア群の作用の仕方、そしてラグランジュ分解式
>の使い方が分かっていればまったく難しくない。
>だから、「アーベルが完全に証明した」
>というのは、まったくおかしな話ではない。

何を言っているんだかw
高木「近世数学史談」を持っているだろ?
これの”21 ガロアの遺言”に
シュバリエへの手紙>>363
『楕円函数のmodular equation(p+1次)に関しては、・・
 p=5,7,11なるときに限ってp次の方程式に変形しうることを述べている(pは素数)』
 とある
このすぐ後に、高木先生の言『上記の結果をアーベル遺稿中の方程式論に関する断片(113頁参照*)
と比較するならば、アーベル歿後の3年間(1829-32年)に
方程式論がガロア群の発見によって如何に長足の進歩をなしたかが知られるであろう』
とある(>>383より再録)

だから、
1)アーベルは”ガロア群”の概念は持ってない
2)ラグランジュ分解式はアーベルも知っていたろう
3)そのうえで、高木はガロアを評して
 ”アーベル歿後の3年間(1829-32年)に・・如何に長足の進歩をなしたか”という
4)つまり、本質は”ガロア群”の概念にあり、ラグランジュ分解式ではないぞよw

>だから、「アーベルが完全に証明した」
>というのは、まったくおかしな話ではない。

人にシッタカぶり、ハナタカぶりして、このざまかw

1)Cox ガロワ理論 下 15.5 アーベルの定理 の歴史ノート p644に
 アーベルの『特別な類』の論文で
 θi(θj(xo))=θj(θi(xo))
 となる場合を論じているという
2)これぞ、アーベルの方程式論の到達地点です
 後のアーベル方程式であり、アーベル群につながる
 アーベルが長命ならば、アーベルはアーベルなりの方程式論を書いたであろう
 それは、高木「近世数学史談」 17 ベルリン留学生 の中頃
 1826年1月16日付け ホルンボーへの書簡抜書きにある
 ”代数的に解かれ凡(すべ)ての方程式を求めること”という問題
 高木本では、さらに”後にガロアが解いた”と記したのち
 ”それ*)は、アーベルの意中にあった解決とは、やや趣を異にするであろうと思われる”と高木はいう
 (注)*アーベルの方程式論は、ガロア理論と異なるという趣旨だろう)
3)「アーベルが完全に証明した」とか、アホか
 証明は完全だから証明です
 ”完全に”と強調されるときは、普通他の人が先に不完全な証明を発表していて
 後”アーベルが完全に”となるよ

何をいいたのかな? 自分が分かってないんだろ?