ほいよ
教養
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コトバンク
教養(読み)キョウヨウ
デジタル大辞泉
2
㋐学問、幅広い知識、精神の修養などを通して得られる創造的活力や心の豊かさ、物事に対する理解力。また、その手段としての学問・芸術・宗教などの精神活動。
㋑社会生活を営む上で必要な文化に関する広い知識。「高い教養のある人」「教養が深い」「教養を積む」「一般教養」

改訂新版 世界大百科事典
教養 (きょうよう)
執筆者:生松 敬三
教養とは,一般に人格的な生活を向上させるための知・情・意の修練,つまり,たんなる学殖多識,専門家的職業生活のほかに一定の文化理想に応じた精神的能力の全面的開発,洗練を意味する。
英語のculture(耕作・養育の意),ドイツ語のBildung(形成・教化の意)の訳語である。
前者はふつう〈文化〉と訳される語であるが,たとえばキケロが〈cultura animi(魂の耕作・養育)が哲学である〉と言った場合,またこれを受けて中世で広くcultura mentis(心の耕作・養育)の語が用いられた場合の〈精神的教化・教育〉の意義は,この訳語〈教養〉によってよく示されている。
日本でこの教養の語が広く用いられるにいたったのは,しばしば明治の〈修養〉に対する大正の〈教養〉などと言われるように,大正中期の文化主義思潮の中でのことである。
三木清も〈大正時代における教養思想は明治時代における啓蒙思想−−福沢諭吉などによって代表されてゐる−−に対する反動として起ったものである〉(《読書遍歴》1941)としているが,文化主義思潮そのものがドイツ理想主義哲学の大きな影響下に生まれたものであり,物質的・実利的〈文明〉に対する精神的・価値的〈文化〉の力説に主眼があったのだから,〈教養〉にも同じ刻印が押されていることは否めない。
実利主義的,立身出世的,政治的な明治の〈修養〉概念に対して,大正の〈教養〉には内面的,精神的,非ないし反政治的,人格主義的等々のニュアンスが強く帯びさせられているわけである。
これが日本で教養という言葉のもっている歴史的含蓄であるとすれば,教養主義的偏向が強く戒められねばならないのはもとよりであるが,しかし他方,たとえば専門課程と一般教養課程とに分けられている現代日本の大学教育のカリキュラムにおいて顕著に見られる後者の軽視・蔑視などにはその裏返しの傾向も認められる。
訳語としての教養という言葉,およびその実質的内容が,いまだ日本では安定を得るほどに深く根ざすにいたっていないということであろう。
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