>>519
ついでに、叩いておきますね ;p)

>まあ、これは素人のあの方を擁護する発言ですが
>数学科のゼミで叩かれまくらないと
>数学書の読み方は身につきませんね
>多分こういう擁護を一番嫌ってると思うけど
>別に嫌がらせで言ってるわけではない

・反例:回顧と展望 高木貞治 ”結局四年大学におったが,その間にいろいろな本を読んだのであるが,指導者なしの乱読で,本当に読んだと謂うよりは,図書室にあるだけの本を見境いもなく片っ端からひっ繰り返して見たという程のことであった.
それからまあそんな風にいうと,いかにも不完全なようであり,事実不完全に相違ない”

//www.aozora.gr.jp/cards/001398/files/50907_41899.html
回顧と展望
高木貞治
(昭和15年12月7日,東京帝大,数学談話会に於ける講演)
(昭和17年1月10日追記)
1894年から98年まで四年間の初めの二年間は過した.藤沢先生などは,ドイツ仕込みの Lehr-und Lernfreiheit ということを鼓吹されて,なんでもいいから本は勝手に読め,そんなことを奨励されていたものだから,いろいろのものを読んだわけである.
結局四年大学におったが,その間にいろいろな本を読んだのであるが,指導者なしの乱読で,本当に読んだと謂うよりは,図書室にあるだけの本を見境いもなく片っ端からひっ繰り返して見たという程のことであった.
それからまあそんな風にいうと,いかにも不完全なようであり,事実不完全に相違ない
当時日本では,代数は中学校でもう卒業してしまったもののように考えられていた.そこでその後セミナリが出来てからは,そういう処で頻りに代数の問題を与えられた.当時代数といえばセレーの「高等代数」で,それによって,私はアーベル方程式を読めと言われ,そこで謂わゆる高等代数の洗礼を受けたわけである.しかし,その当時,已すでに書棚の隅っこに,ウェーバーの「代数学」の第1巻が来ていたので,それを探し出して,ガロアの理論に接したのだが,それが本当に分ったのだかどうだか.その後,段々いろいろ新しいものが来るようになって,ウェーバー第2巻も軈やがて来た.
 その中に1898年になって,私はドイツへ留学を命ぜられてベルリンへまいることになりました.
(引用終り)

>可能な限り勝手読みして
>必ずといっていいほどそこで間違う
>数学科の人はそういう痛い目に何度もあってるんですよ
>経験から得られた熟練の技は自分を裏切りません

・学生の”お勉強”と、社会人の勉強の区別がついてないね、あなた
・”痛い目に”あって何が悪い? ある人が 修論で「なんとか予想」を解いたがなんども間違えて「黒板代わりにするな」と教授に怒られていたが
 その予想が解けたら、手のひら返しで「助手のポストを用意するから大学に残ってくれ」といわれたそうな
 竹腰先生との共同研究で、いっぱい計算の紙くず出して、暗中模索 いろんな文献を散策したのでしょうね。それがあるから天啓の数式が降ってきた
 途中間違えても、最後に正解すれば良いのです。それが学生との違いだよ
・あんたは、プロ数学者じゃない! 落ちこぼれのしたり顔講釈は、いらね〜!w