>>189-190
>>株をやっている
> はい、悪党

はい、悪党で結構ですよ
新NISAで株式を含め、政府ご推奨です ;p)

>資本主義は人間性の喪失の上に成り立つ地獄の原理

下記『利子ってなぜあるの?資本主義を産んだ「当たり前」の環境』
マックス・ヴェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』
原著は見てないが、有名ですねw

(参考)
https://globis.jp/article/4002/
GLOBIS学び放題×知見録 2019/04/09
利子ってなぜあるの?資本主義を産んだ「当たり前」の環境

資本主義を産んだ西洋社会に目を向けると、キリスト教の母体ともなったユダヤ教は、基本的に利子をとることを禁じていました。ただし、これはユダヤ教徒を相手に利子をとることを禁じただけだったので、異教徒にお金を貸して利子をとることは禁じられていませんでした。ユダヤ教徒は歴史的に苦難の道を歩むことが多かったわけですが、生き残っていく過程で、異教徒にお金を貸す技術を高めていくことになります。15、6世紀頃のヨーロッパでは、(高利の)金貸し=ユダヤ人というイメージもあったほどです。これはシェークピアの『ベニスの商人』でもおなじみです

では、ヨーロッパにおいて長年多大な影響力を持っていたキリスト教の国々ではどうだったのでしょうか?キリスト教でも、もともとは利子をとる行為は禁じられていました。しかし、時代が下り、13世紀くらいになると、さまざまな抜け道が生まれ、実質上は利子が認められるようになっていきます。暴利を貪る高利貸しこそ憎しみの対象となったものの、カトリック教会は利子を黙認していたのです。とは言え、利子や、富を蓄えることは積極的には推奨されてはいませんでした

状況を大きく変えたのが16世紀の宗教改革です。当時、贖宥状の発売を行うなど堕落の目立ったカトリック教会に対して、ルターやツヴィングリ、カルヴァンなどが反旗を翻します。彼らは「教会ではなく、聖書こそが正しい」と主張しました。いわば聖書原理主義です。そしてカルヴァンは聖書研究を進める中で「予定説」という考え方に至ります。これは、人間というものは善行をしたから救われる(「神の国」に行ける)というものではなく、最初から神の意志で救われる人間と救われない人間が決まっているとする考え方です

これについては、マックス・ヴェーバーの名著『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』が詳しいわけですが、簡単にダイジェストすると以下のようなことです

予定説は、人々を不安に落としいれ、かえって精神的な緊張を生み出しました。それは人々を行動的禁欲に駆り立てます。行動的禁欲とは、人々に役に立つ(愛につながる)行動をとることです。それは具体的には労働でした。古い宗教観では、労働は卑しいもの、あるいは仕方なくするものという発想があったのですが、宗教改革が進んだ国々では、労働をし、その結果として富が貯まることは善とされたのです。その過程で利子も合理化されました

堕落したカトリックに対抗し、人々に厳しく聖書の教えを守るように説いた禁欲的なプロテスタンティズムが、かえって資本主義の土壌を作ったわけです。そしてその流れを汲んだイギリスやアメリカが資本主義を発展させていったことは皆さんご存知の通りです