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ふっふ、ほっほ
「スターリンの野望」北海道占領を阻止した男 「断乎反撃、撃滅すべし」樋口司令官の決断
彼が居なければ、北海道はロシアに占領されていた

(参考)
https://www.yomiuri.co.jp/column/japanesehistory/20190125-OYT8T50003/
「スターリンの野望」北海道占領を阻止した男 2019/01/27 読売
ソ連の最高指導者だったヨシフ・スターリン(1878〜1953)が最初に目指した「第二次世界大戦の結果」は、北方4島ではなく、北海道の北半分だった

「断乎反撃、撃滅すべし」樋口司令官の決断
樋口季一郎中将(樋口隆一さん提供)
 1945年(昭和20年)8月9日未明、ソ連は日ソ中立条約を一方的に破棄して満州に侵攻する。11日には南樺太でもソ連軍が日本領への攻撃を始めた。

 14日、日本はポツダム宣言の受諾を決め、15日に終戦の詔書が出される。第5方面軍司令官だった樋口は16日、心を平静にし、軽挙妄動を慎んで規律を乱さぬよう訓示している。大本営は同じ日、全部隊に「やむを得ない自衛行動を除き、戦闘を中止せよ。18日午後4時までに徹底するように」との命令を出した。

 ところが、南樺太のソ連軍は戦いをやめず、さらに18日には千島列島でも占領作戦を開始する。千島列島北端の占守島しゅむしゅとうに上陸し、戦車の砲門を外すなどして武装解除を進めていた日本軍を攻撃したのだ。

 大本営の命令に従えば、18日の午後4時には完全に戦闘をやめなければならない。だが、それまでの自衛戦争は許されていた。樋口は大本営にはお伺いを立てず、独断で島を守っていた第91師団の堤不夾貴ふさき師団長に「断乎反撃に転じ、ソ連軍を撃滅すべし」と命じた

https://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/ichiran/20190125-OYT8T50003/2/
 スターリンは是が非でも、日本が降伏文書に署名する前に占領を終え、既成事実にしたかった。18日、マッカーサー連合国軍最高司令官(1880〜1964)は日本の要請を受けてソ連軍に戦闘中止を求めるが、スターリンの命令を受けていたソ連軍は要請を無視した

 樋口の懸念はそれだけではなかった。大本営の戦闘停止命令が届いた17日、樋口は別の理由から自衛戦争を決意している。

 「私自身はソ連が更に進んで北海道本島を進攻することがないかと言う問題に当面した。私としては相当長期にこの問題に悩んでおり、一個の腹案を持った。即すなわち、ソ連の行動如何によっては自衛戦闘が必要になろうということだ」(『遺稿集』)。

 この懸念は当たっていた。ロシアに残されている当時の公文書によると、スターリンは対日参戦直前に「サハリン(樺太)南部、クリル(千島)列島の解放だけでなく、北海道の北半分を占領せよ」と命じていた(1990年12月25日 読売新聞夕刊)

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