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IHESと物理

(参考)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sugaku/60/4/60_4_405/_pdf/-char/en
J-STAGE home/SUGAKU/Volume 60 (2008) Issue 4
創立50周年を迎えるフランス高等科学研究所と日本人研究者
前田吉昭

2 IHES創設

創設期に, IHESに招聰された広中平祐氏は,以下のようにIHESについて感想を述べている.
『私の知る限り, 1959年当時IHESは世界で最も小さな研究所であった.しかも,その規模にも関
わらず,数学界では世界的に注目を集めていた.4年後にはパリ郊外にある現在のIHESに移転され
て規模も拡大し,世界最高水準の先端研究を行う数学者のメッカになったのだった』
その後,広中氏は,日本の若手数学者のIHESへの派遣に対して多くの支援を行い,数学を通して
日仏文化交流に多大な貢献を行った.

そのIHESは,物理研究分野へも力を入れ,デビット・ルエル(David Ruelle)や,ルイ・ミツシェ
ル(Louis Michel)が教授として加わっている.この時期には,ルネ・トム教授も加わっているが,こ
れは後で述べることにする,

荒木不二洋氏はこの時期にIHESへ滞在されている.以下は,同氏の思
い出である.
『チューリヒ連邦工科大学理論物理学教室で1学年間一緒だったデビット.ルエルからIHESに来
訪しないかという誘いがあったのは,私が数理解析研究所に着任して間もない頃であった.上司の中
野教授に相談したところ,教授への昇進の話がでているので,昇進の後にするようとのこと,そこで
1966年1月に教授に昇進してから所内の手続きを始め,種々の手続きを総て, 1968年9月から家内
と3歳の長男を伴ってIHESのSReSidenCe d'Ormailleに落ち着いた.

IHESについては広中さんの滞在が報道されていたので多少の予備知識を持っていた.実際に暮ら
してみると,予想通り心地の良い環境であった.私たちの住居から地下鉄Bure-sur-Yvette駅を通っ
て行くとすぐに裏門があり,そこから木が茂った庭を通って研究室へ通った.
理論物理学系はデビット・ルエルとルイス・ミツシェルの両教授で,特にルエルとはよく討論をし,
彼が古典格子系の平衡状態について書いたばかりの論文を量子系の場合にやってみないかとのすすめ
に応じて,ブルバキの線形空間論を読んだうえでこれを完成させた.

IHESは,同じ方面の専門家が集るセミナーが開かれる,そのような機会を通じてパリ近辺の同業
者と知り合いになり,研究上の討論をすることができた.また,昼食やお茶の時間,それにResidence
の庭で他分野の人とも顔を合わせ,代数系の人(米国からの長期来訪者)からフォン・ノイマン環の
K群を計算しようとしているのだがうまくいかないという話を聞き,すぐに計算できたので共著の論
文を書いた.このように,研究遂行には非常に適した雰囲気であった.』