>>514-515
必死の逃げの禅問答か
勝負あったなw ;p)

(参考)
https://www.toibito.com/toibito/articles/%E7%A6%85%E5%95%8F%E7%AD%94%E3%81%AE%E3%81%97%E3%81%8B%E3%81%91
TOIBITO Inc.
2017.10.01
禅問答のしかけ
 禅の問答は、なぜ、トンチンカンで不可解なのか? あるいは、そう見えるのか?
「祖師西来意」=己れ自身の心、この前提があれば問答は対話として成立する。」
 だが、それがなければ、問いと答えは脈絡をもたず、それこそ俗にいう「禅問答のような」やりとりに堕してしまう。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AC%E6%A1%88
公案(こうあん)
禅宗において雲水が修行するための課題として、老師(師匠)から与えられる問題である。この項目で記述する。
公案(こうあん)とは、禅宗における問答、または問題をいう[2]。
内容はいわゆる禅問答であって、にわかに要領を得ず、解答があるかすら不明なものである。有名な公案として「隻手の声」、「狗子仏性」、「祖師西来意」などがある。
 例: 両手を叩くと音がする。では片手の音とはなんだろう。(隻手の声)
公案の構成
禅宗の問答は、時と所を異にして第三者のコメントがつくのが常で、始めに何も答えられなかった僧に代る代語だいごや、答えても不十分なものには別の立場から答えて見せる別語べつごなど、第2次第3次の問答を生み出し、最初の問答を本則ほんそくまたは古則こそく、話頭わとう、話則わそくなどとして参禅工夫する、公案禅または看話禅の時代となる[2]。