つづき

あぶない数学者を書いた山下純一氏の記述だったような気もするが
・SGAは、グロタン氏の日々のセミナーを、聴講生が順番に講義録を作って、
 その手書きメモを所長のデュドネが校正して、グロタン氏がまた校正して
 所長デュドネの秘書の女性がそれをタイプアップするという論文量産の仕組みだったらしい
・SGAは、当時のフランスでは国籍がないと大学の職が得られない(だから、ブラジルとか米カンザスなどを放浪した)
・(米カンザスで圏論と出会って、後の大発展へ。圏論の高度な抽象性が、グロタン氏と波長があって共鳴したか)
・「東北論文」は、グロタン氏の東北大への就職論文だったという説がある(いまとなっては、真偽不明)
・IHÉSは、無国籍のグロタン氏をフランスへ引き戻すために、作られたという
以上