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下記は、かなり荒っぽい説明ですが
ゆえに分かり易い説明で、参考になります

note.com/yoriyuki/n/n456e260e4b1f
数学基礎論論争は結局どうなったか 筆の滑り 2020年5月17日
数学に関心のある人なら、20世紀の初めに「数学基礎論論争」があったことをぼんやりとは聞いたことがあると思います。数学基礎論論争が結局どうなったかについて書きます。

目次
数学基礎論論争とは
論理主義
形式主義
直観主義(構成主義)
その後どうなったか

数学基礎論論争とは
19世紀を通じて数学は厳密化の道をたどってきました。たとえばフーリエ級数の収束については多くの誤った「証明」がなされ、最終的に「測度0上の除外点を除いて収束する」という条件にたどりついたのは20世紀になってからです。そして「測度」という概念を定式化するには集合論が不可欠です。

そこで集合論を厳密に公理的に取り扱う試みが行われましたが、ここで表面化したのが集合論のパラドックスです。例えばXを自分自身を元として含まない集合の集合としましょう。さてX∈Xでしょうか。X∈XとするとXの定義からXの元ではありません。一方X∈Xではないとすると、X∈Xのはずです。いずれにしても矛盾が導かれます。

このようなパラドックスにどう対応するかという問題を契機にして、数学をどのように行うべきか関する論争が行われました。これを数学基礎論論争といいます。数学の危機とも呼ばれます。

ただし、この「危機」の最中にも数学は普通に発展していました。したがって「危機」というのは誇張だという考えもあります。また、現代から見ると何を論争しているかよくわからないところがあります。個人的な誤解にもとづく争いであったと考える人もいるようです(ファン・ダーレンとか)。また、単に集合論のパラドックスの解決を目指したものではなく、無矛盾性や数学の確実性を担保することだけがゴールでもありませんでした。

形式主義
形式主義はヒルベルトが唱えた立場とされています。
略
形式主義は失敗したということになっています。ゲーデルの不完全性定理より、Tの中に含まれる手段ではTの無矛盾性を示すことはできません。有限的な理論がTに含まれていると考えれば、Tの無矛盾性を有限的に示すことはできません。
ただ、個人的にはこの結論は性急だと思っています。Tに含まれない有限的な原理を想定することが可能だからです。例えば、順序数解析では自然数上のある種の順序について帰納法が可能であることから、いろいろな数学体系の無矛盾性を示しています。