つづき

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フリードリヒ・ルートヴィヒ・ゴットロープ・フレーゲ(Friedrich Ludwig Gottlob Frege[2], 1848年11月8日 - 1925年7月26日)は、ドイツの哲学者、論理学者、数学者。現代の数理論理学、分析哲学の祖とされる
業績
フレーゲは、古代ギリシア(ギリシア哲学)のアリストテレス以来の伝統的論理学の革命を遂行し、数学の哲学である「論理主義」 を提唱した[3]。革命的な『概念記法』(Begriffsschrift) は1879年に出版され、アリストテレス以来2,000年変わらずに続いていた伝統論理学を一掃して論理学の新時代を切り開いた。今日の数学で定着している∀(任意の)や∃(存在する)のような量化はこのフレーゲの業績に基づいている

フレーゲは命題論理と述語論理の公理化を最初に行った人物であり、特に述語論理はそれ自体がフレーゲの発明である(実際には概念記法は高階論理の体系であり、ラムダ計算の祖ともいえる極めて先駆的なものである)。しかしそのあまりもの先進性、独創性ゆえにフレーゲの同時代にはその意義は十分に理解されなかった。彼の概念が広まったのは、ジュゼッペ・ペアノやバートランド・ラッセルらによるところが大きい。ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインとエトムント・フッサールは、フレーゲの影響を大きく受けた哲学者である。また、ルドルフ・カルナップはフレーゲの授業に出席しており、彼の(カルナップによればシャイな)性格について書き残している

フレーゲは数学は論理に帰着しうるとする論理主義の最初の主要な論客でもあり、彼の『算術の基本法則』(Grundgesetze der Arithmetik) は自然数論および実数論を論理から導こうとする企てであった。しかしラッセルが『算術の基本法則』の公理系が矛盾を引き起こすこと(いわゆるラッセルの逆理)を発見して指摘したため、2巻の補遺にこの矛盾について認める文言が付されている。フレーゲ自身はなんとか矛盾を回避する方法を模索したが、フレーゲの修正案にも欠陥があることが、1938年にスタニスワフ・レシニェフスキによって示された
(引用終り)
以上