>>541-558
ご苦労さまです
要するに、君たち
言葉遊びだよねw ;p)

(引用開始)
なぜ、ZFC公理まで遡らなくても数学が出来るの?
公理まで遡ってすべての定義・命題を厳密に記述・証明しなければ、正しいとは言えないはず
もし、公理まで遡る途中の定義・命題を認めても問題なく数学が出来るなら、それを公理とすればいいのでは?
(引用終り)

1)1900年代の初め、ラッセルパラドックスで、数学の危機が喧伝された
2)そこで、ヒルベルトが数学を記号論理よる基礎付けをしようと提唱した(形式主義)
 カントールの素朴集合論を当時の数学に取り入れるために
3)その結果、ZFCが完成したのが、1920年代後半だと思う
 そこで、数学基礎論が、ほぼ固まった
4)出来上がったZFCを見ると、ガチガチで固い
 日常の数学に向いていない(と多くの数学者が思った)
5)思うに、日常の地上の数学と
 基礎論の地下の数学を分ける方が分かり易い
 日常の地上の数学は、一階述語論理に縛られない(勿論、一階述語論理に落とすことは可能)
 基礎論の地下の数学は、厳密に一階述語論理と公理を使う

なので、
1)日常の多くの数学が、ZFCの基礎論の上に載せられることは、数学者は確認済み
2)だったら、一階述語論理に縛られないで、日常に近い言葉で、多くの数学者は数学を語る
3)基礎論屋さんも、議論は厳密な 一階述語論理を使うが、それだけでなく
 日常に近い言葉も使う(下記)

そういうことじゃないですか

つづく