『沼』か。見たことも 読んだこともないが・・

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沼 (漫画)
『沼』(ぬま)は、つげ義春による日本の短編漫画作品[1]。全28頁からなる[1]。1966年2月に、『ガロ』(青林堂)にて発表された[2]。
解説
つげのその後の表現上の転換となる画期的な作品。それまでの漫画界にはなかった表現主義的な作風が、さまざまな議論を巻き起こした。つげ自身、発表の翌年に初めて会った権藤晋(高野慎三)に対し「完璧に仕上がった」と自負している。ギャグ漫画の「ノンコ&甚六シリーズ」の『兄貴は芸術家』と同月に発表されたが、作風は全く異なる[2]。

それまでの作品とは絵柄も突然変って硬質なものへと変化し、説明としてのコマを一切排除し、丁寧なコマ割りとなり、非常に凝縮された構成をとる。内容的には成熟する手前の少女特有の神秘性、エロティシズム、少女の性的な存在感などがテーマとなっているが、つげ自身は具体的に何を描こうとしたのか説明できないと述べている。作中では少女と義理の兄との怪しい関係を匂わせているものの、ついにその実態は明かされず、唐突なラストシーンで終わる。

この終わりのないラストシーンの描き方は『李さん一家』、『ねじ式』、『ゲンセンカン主人』などに受け継がれるが、読者が受けるその不思議な感覚やあいまいさこそが、つげが意図したものであった。

この作品は、白土三平との千葉県大多喜への旅行で寿恵比楼旅館に宿泊した際に、旅館の当時17-18歳の少女の、千葉の方言丸出しの言葉遣いがヒントとなり生まれた。つげはこの美しい少女の外観と言葉遣いとのギャップにエロスを感じたものの、作品にする際には千葉の方言では身近すぎてイメージが膨らまず、井伏鱒二の「言葉について」という作品に使われた山陰地方の方言を真似て使用した。実際は、つげが引用したのは井伏の造語であったが、後に井伏は「井伏鱒二全集」発刊時に正しい山陰弁に修正してしまう。つげが読んだのは、文庫本の古い版であった[2]。

ストーリーに関しては永島の影響は全く受けておらず、つげ独自の世界を余すことなく開陳した[2]。
当時のつげは生活苦に加え、精神的にも混乱し閉ざされており、虚無的であった[2]。

あらすじ
ハンチング帽を被り森に狩りにやってきた主人公の青年は、沼のほとりで、おかっぱ頭の無表情な少女に出会う[1]。撃ち落としたはずの雁を探す青年に少女は、雁の胴体から切り離した頭を差し出す[1]。少女は青年を自宅へ案内し、2人きりにすると扉を閉め切って身の上話をする[1]。少女は部屋の中でヘビを飼っている[1]。少女は、このヘビは少女が眠っているときに首をしめにくると語り、「夢うつつなれど 蛇にしめられると いっそ死んでしまいたいほどいい気持ちや」との言葉を残して眠りに就く[1]。その夜、眠れない主人公は、そっと少女の首を絞める[1][2]。翌朝、少女の義兄は、見知らぬ男を家に泊めたことで少女を責めるが、少女はヘビが逃げたことをしきりに訴える[1]。主人公は1人、沼のほとりに立ち、対岸に向けて猟銃の引き金を引く[1][2]。