>>228
>>オマル・ハイヤームが良いと思います。
>3次方程式の図形的解法でも有名

なるほど

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%BC%E3%83%A0
ウマル・ハイヤーム (ペルシア語: عمر خیام, Omar Khayyám、アラビア語:عمر الخيام, ʿUmar al-Khayyām, ウマル・アル=ハイヤーム、1048年5月18日 - 1131年12月4日[1])は、セルジューク朝期ペルシアの学者・詩人。

「ハイヤーム」は「天幕造り」の意味であり、ハイヤームの父親の職業が天幕造りであったことから、このように呼ばれている。

数学・天文学に通じた学者としてセルジューク朝のスルターンであるマリク・シャーに招聘され、メルヴの天文台で暦法改正にたずさわり、現在のイラン暦の元となるジャラーリー暦を作成した。33年に8回の閏年を置くもので、グレゴリウス暦よりも正確なものであった。

生涯
西暦1048年頃ペルシアホラーサーン州の都城ニーシャプールの近くで生まれ、1131年(一説には1123年)に生涯を閉じた。

本名をオマル・イブン・ニーシャープーリーという。数学、天文学、医学、語学、歴史、哲学などを究めた学者であり、ペルシアを代表する大詩人の一人でもある。学問に秀で詩的才能に恵まれた稀有な人物である。

ハイヤームは生涯にわたり、数学、天文学に関する優れた書を多数執筆した。なかでも、『代数学問題の解法研究』、『ユークリッドの「エレメント」の難点に関する論文』は、今日でも広く流布している。その他自然科学一般はもちろん、医学にも通じていたと言われ、万能の人であったことがうかがわれる。

数学における業績
ウマル・ハイヤームは、存命中は数学者としても著名であった。特に、三次方程式の正の解の分類は、非常に有名である。二次方程式の正の解の分類は、アラビアの代数学の出発点である、アルフワーリズミーの代数書でなされているが、それを三次方程式に拡張したのが、彼の仕事であって、放物線と円のあいだの交点によって三次方程式の解をあらわした。

なお、古代ギリシャにおいても、現代的に表現すれば三次方程式に×問題の解を放物線と円の交点で表現することは、メナイクモス(紀元前380年−320年)などによってすでになされている。しかし、当時は問題を三次方程式の解としては把握していなかった。いわんや、解の個数の分類の問題が意識されることも、なかった。

更にハイヤームは、二項展開を発見し、エウクレイデスの平行線の理論に対する批判書を著し、これは欧州に伝わり、結果的に非ユークリッド幾何学の発展に寄与した。

天文学での業績
ウマル・ハイヤームは天文学者としても著名であった。