>>231 つづき
1)さて、渕野昌先生が、「R.Dedekindの数学の基礎付けと集合論の公理化」で
 Dedekindが ”無限(集合)の存在証明”を 試みた 書物の出版を批判している
 つまり、現代の目からみれば、無限に関する集合は 「無限公理(無限集合の存在を主張する公理)」で扱うべきもので
 つまり、”無限の存在が集合論の他の公理から独立である”ということです(wikipedia 独立性 (数理論理学) もご参照)
2)さて、現代でも基礎論の錯乱者がいます。”無限集合の存在を証明せよ”などと 宣う(>>179)
 下記の渕野昌先生を百回音読してほしいです!ww ;p)

(参考)
https://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~kyodo/kokyuroku/contents/pdf/1739-16.pdf
数理解析研究所講究録第1739巻 2011年 168-179
R.Dedekindの数学の基礎付けと集合論の公理化 渕野昌
本稿は,2010年8月24日に筆者が行なった,RIMS研究集会「数学史の研究」での講演を敷術したものである.
この講演の後,早稲田大学理工学術院数学科の足立恒雄先生と
関連する討論の機会を持ったが,formulationの舌足らずのせいか うまくこちらの趣旨が伝
わらず,議論の行き違いになってしまっていたところがあった.本稿は,そのような行き違いの原因となりうる論述の稚拙を回避しようと真剣に努力した結果でもある.その意味で,本稿の執筆の強い動機を与えていただいた足立先生に深く感謝するとともに,この文章をお読みになった先生が,私の論旨に納得してくださることを切に願うものでもある.
P171
ここでは,Noetherや彼女の学派に受けつがれたDedekindの抽象代数の定式化や基礎付けの仕事については,触れるだけの余裕はないが,Noetherは彼女の代数的研究について,,,Es steht alles schonbei Dedekind“ (全部デデキントが書いたものに既に出ている)と口癖のように言っていたということである([12]).

P173
3 無限の存在証明
Dedekindの名誉のために付け加えておくと,1911年の時点では,無限の存在が集合論の他の公理から独立であることは,当時の若い集合論の研究者たちすら,まだ完全には把握しきれていなかった可能性がある.たとえば,Zermelo文[18]の公理系とよばれることになる体系の原形は発表されているが,その初めで,Zermelo Zermeloは,
略す
と書いているし,Zermelo [18],下線の公理の命題の間の独立性についての,より踏み込んだ議論は,Fraenkelの1922年の論文[7]までなされていないように思えるからである.

無限公理(無限集合の存在を主張する公理)の集合論の他の公理からの独立性は
(集合論のすべての公理を含む体系の中で),

H(ω) (hereditarily finiteな集合の全体)と,この上に∈関係を制限したものの組からなる構造を作ると,
そこでは,無限公理以外の集合論のすべてが成り立つことが確かめられ,
そのことから「集合論の公理系が無矛盾なら,集合論の公理系から無限公理を除いた体系から無限公理は導かれない」ことが導かれる
として示すことができる.
もちろん,[集合論の公理系が無矛盾なら」は,不完全性定理以降の時代に生きる我々の後知恵であるが(9),

つづく