>>149-150
>数学において「無限回の操作」なるものは認められていない。当たり前だ、限りが無いことを無限と呼ぶのだから「無限回の操作」は完了しない、しかるに完了するかの如き扱うのは欺瞞に他ならない。
>続けて

ID:l6x9zfu0 は、弥勒菩薩様か
巡回ご苦労さまです

ここは、中高一貫生も見るかもなので、一言
”数学において「無限回の操作」なるものは認められていない”は
小沢 登高先生も(下記)も、そんなことを言っているんだよね
困ったものだ

もっとも、小沢 登高先生は、東大で
”昼寝癖のせいで後ろ半分はほとんど聞き逃した。 おかげで、知識は穴だらけであった”
を自認するから、ご愛敬だが ;p)

さて、”数学において「無限回の操作」なるものは認められていない”ね
この話を、まともにやりだすと、古代ギリシャのゼノンさんのパラドックスまで 遡るだろう(下記)
(アキレスと亀、飛んでいる矢は止まっている)

これら 古代ギリシャの無限の議論を乗り越えていったのは
ニュートンやライプニッツの微積のあたりからだろうか?

(参考)
https://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~narutaka/rireki.html
小沢 登高
履歴書(非公式版)
1993年4月 東京大学理科一類入学
学部時代は一貫してTVゲームとバイトに多忙。

1995年4月 同理学部数学科進学
高校時代に科学雑誌を通して理論物理に興味を覚えたが、 現代数学については完全に無知。 そんなわけで大学入学時は理物に進もうと思っていたが、 線形代数が面白かったので数学に進むことになった。 実は微分方程式が嫌いであるという理由も大きい。

当時、3年生向けの講義は一日一科目で午前午後を通して行われたが、 昼寝癖のせいで後ろ半分はほとんど聞き逃した。 おかげで、知識は穴だらけであった。 冬になり大学院とび入学試験があるというので、 とりあえず受けてはみたが、失敗。 口頭試問の場で、自分がいくつかの基本的なこと (例えばルベーグ単調収束定理)をまったく知らない という事実に気付かされた。

少し態度を改め、 4年生の春にルベーグ積分とホモロジー代数を市立図書館で勉強する。 ついでに関数解析の教科書も眺めてみた。 (市立図書館で岩波基礎数学選書をそろえるなんて贅沢なことは おそらくもう許されないだろう。) 函数解析に興味を覚えたので、夏休みにはConwayの本(GTM96)を読んだ。 数学の本を一冊通読したのはこれが初めてだった。 継続してまじめに勉強したのもこれが初めてだった。

つづく