>>177-178
>無限回の演算は決して完結しないのだが、完結しないものをどう定義すんだよw
>結局 無限=大きな有限 との思い込みから抜け出すに足る知能がおまえには無いってことやな
>だから「完結しないものは定義のし様が無い」という問題意識に至らないんだな

ふっふ、ほっほ
まず、下記の”無限公理”をば、ご覧あれ

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%A1%E9%99%90%E5%85%AC%E7%90%86
無限公理
定義
ZF公理系における公式な定義は次の通りである。
空集合を要素とし、任意の要素 x に対して x ∪ {x} を要素に持つ集合が存在する:
∃A,∅∈A∧∀x∈A,x∪{x}∈A
解釈と帰結
上記定義では「無限」という言葉は用いられていないが、この公理によって(少なくとも1つの)無限集合の存在が保証されることになる。
まず定義中の集合
A は以下の性質を満たすことを確認できる。
・∅∈A (空集合 ∅ は A の要素である)
・∅∪{∅}={∅}∈A (「空集合 ∅ を要素にもつ集合」は A の要素である)
・{∅}∪{∅∪{∅}}={∅,{∅}}∈A (「空集合」と「空集合を要素にもつ集合」の2つを要素にもつ集合は A の要素である)
(以下同様に繰り返す)

各手続きで得られた集合を要素とする集合を
B:={∅,{∅},{∅,{∅}},⋯}
とおくと、 B は A の部分集合である。 この手続きは何回でも繰り返すことができるが、もし有限回で終えた場合、
B は有限集合であり、A≠Bである。なぜならば定義により
B∪{B}∈A であるが、
B∪{B}∉B となるからである。一方
A が有限集合であれば、この手続きを繰り返すことで
B が A よりも多くの要素をもつことができてしまう。 従って
A は有限集合ではない(すなわち無限集合である)ため、無限公理を採用すれば直ちに無限集合の存在を認めることになる。

上記の手続きはペアノの公理における自然数の構成方法と同様である。ZFC公理系において、自然数全体の集合は無限集合の中で最小のものである。(可算集合)
独立性
無限公理はZF公理系において独立した公理である。すなわちZF公理系の他の公理たちから導くことも反証することもできない。
(引用終り)

この、”無限公理”が示すところは、無限集合の存在の主張で
その証明部分は、いわゆる背理法によっている
即ち、”無限公理”が示す無限集合は、もし それが 有限集合であるとすると 矛盾を生じる
だから、”無限公理”が示す集合は、無限集合だという(有限集合の否定が、 無限集合で その存在を公理として認める ということ)

よって、あなたの「完結しないものは定義のし様が無い」は、天才ツェルメロや ノイマンによって、克服されたんだよ
(因みに、”任意の要素 x に対して x ∪ {x} を要素に持つ”の部分は ノイマンによるとされている)