>>310
>その大前提とやらは
>「無限小数展開のすべての桁が”今・この瞬間に”分かっている」
>を導かないが

貧弱な”メンタルピクチャー”(by 加藤文元) だな w
無限に対する”メンタルピクチャー”が貧弱だから・・ 箱入り無数目(下記)が分らないんだよ ;p)

1)まず 形式的冪級数環と多項式環 から(下記)
 多項式とは:「項が有限個しかないこと —つまり十分大きな k(ここでは k > m)に関する係数 pk がすべて零である」(下記)
 これは、上から目線の定義だね。つまり、項が無限個の形式的冪級数から 見下せば 項が有限個なら 多項式!
2)これを踏まえて、有限小数とは:「有限桁の小数 —つまり十分大きな k(ここでは k > m)で 10^kに関する係数 pk がすべて零である」小数のこと!■ ;p)

(参考)
https://note.com/katobungen/n/nccba3ef014f6
note.com なぜ微分積分学は不完全なのか? 加藤文元 2025年2月23日
メンタルピクチャー

形式化された理論
メンタルピクチャーの対極にあるのは、形式化(formalize)されコード化された理論(FT)だ
ここで「メンタルピクチャー(MP)」の対極にある概念としての「形式化された理論(FT)」は、人間の書いた論文の議論のようなものも含む、広い概念である。そして、数学の厳密化とか精密化とは、このような緩い意味での形式化
(*)  MP ーーーー形式化ー> FT
のことである

形式化図式と数学の「理解」
形式化図式は数学を「理解する」という行為の内実とも、深く関係している。人間による数学の理論とは、単なるコードの連なりとして理解することではない。それは理論のメンタルピクチャー(MP)と、それと形式的理論との関連付け、すなわち形式化図式を構築することである。メンタルピクチャーだけによる理解は危険であるが、メンタルピクチャーによる裏付け・接地のない理解は不健康である。それは健康でないだけでなく、理解の深さがないという意味でも、完全な理解とは言えない

https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/math/1736907570/
数学セミナー201511月号「箱入り無数目」
https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/math/1620904362/401-406 純粋・応用数学(含むガロア理論)8 より
1.時枝問題(数学セミナー201511月号の記事)の最初の設定はこうだった。
「箱がたくさん,可算無限個ある.箱それぞれに,私が実数を入れる.
どんな実数を入れるかはまったく自由,例えばn番目の箱にe^nを入れてもよいし,すべての箱にπを入れてもよい.
もちろんでたらめだって構わない.そして箱をみな閉じる.
今度はあなたの番である.片端から箱を開けてゆき中の実数を覗いてよいが,一つの箱は開けずに閉じたまま残さねばならぬとしよう.
どの箱を閉じたまま残すかはあなたが決めうる.
勝負のルールはこうだ. もし閉じた箱の中の実数をピタリと言い当てたら,あなたの勝ち. さもなくば負け.
勝つ戦略はあるでしょうか?」

つづく