>>155 補足
(引用開始)
https://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~kyodo/kokyuroku/contents/pdf/2225-05.pdf
深リーマン予想を用いた「チェビシェフの偏り」の解明と一般化
Research Institute for Mathematical Sciences, Kyoto University
https://www.kurims.kyoto-u.ac.jp › contents › pdf
PDF
小山信也 著 — 「チェビシェフの偏り」とは, 「4で割って3余る素数」が 「4で割って1余る素数 ... 深リーマン予想は、リーマン予想よ. りも真に強い命題だからである. このことは ...
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(引用終り)

これ、読んでた
面白い、実に面白い

ところで、小山先生は 深リーマン予想で 数値計算から予想を縦横に使っている
さて下記 ”数学研究は帰納である by 高木貞治”

数学科のオチコボレさんが 修行途中で 冷や水をおもいっきり浴びせられた
”数学は厳密こそがいのちだぁ〜!”と お経をとなえる

どっこい、それは数学の一面にすぎない
もう一面は、”帰納”だよ

”帰納”は 自由なアイデアの飛翔である。
w大数学科入学1日目で 詰んだ人には 高木の真意は 分らないだろう・・ (^^;

(参考)
(google検索)
数学研究は帰納である by 高木貞治
<AI による概要>
高木貞治(日本の数学者)は、数学研究の本質は具体的・特殊的な事例から一般的な法則を見出す「帰納」にあり、論理的に記述する「演繹」はその後に行われる手段に過ぎないと主張しました。この思想は特に『近世数学史談』や随筆で述べられ、特にガウスの数学的アプローチを「帰納的」であるとして高く評価しています。

・「数学研究は帰納である」の真意
 ・発見の過程:数学者はまず数々の特殊な具体例を調べ、観察し、傾向や法則を「帰納」的に発見する。
 ・演繹は後付け:発見した法則を証明する作業(演繹)は、その法則を確立するための手段(ツール)である。
 ・ガウスの道:高木は、ガウスの進んだ道こそが数学の進むべき道であり、それが帰納的であったと述べている。

高木貞治自身、類体論の構築において膨大な具体的事例の積み重ねから普遍的な定理を導いており、この「帰納的発見」の重要性を身をもって体現していました