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ホイヨ

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「物理をやっても性に合わず、消去法で…」柏原正樹氏が“数学のノーベル賞”を受賞するまで《日本人初》
2/15(日) 6:12配信
文春オンライン
 佐藤幹夫先生との出会いがなかったら、私は数学者になっていなかったでしょう。1968年、大学4年のゼミで出会った先生に導かれて、数学の研究にのめり込んでいったからです。

 東大は2年の教養課程の後、専攻を選び、専門課程に進みます。入学当初は物理をやろうと思っていたのですが、いざやってみるとどうにも性に合わない。それで、「引き算」をして消去法で数学を専攻しました。

 数学科で後にともに佐藤門下で共同研究をすることになる河合隆裕さん(数理研名誉教授)と出会えたことも生涯の宝です。先生のゼミ「代数解析セミナー」に入ったのも彼に勧められたからでした。

創造的であれ
 佐藤先生は国内だとちょっと比べる人もなかなか思いつかないような、別格の数学者でした。

 1969年、東京で開かれた「函数解析学国際会議」で先生は、解析学を代数学で説明する「代数解析学」の構想を発表されました。私はまさに前人未踏の新しい数学の研究分野を創始しつつあった佐藤先生の背中を仰ぎ見ていたのです。

 先生のすごさは言葉ではなかなか表現しにくいのですが、特に際立っていたのは、柔軟な発想力です。そこから非常に斬新なアイデアが次々と生み出されるのを目の当たりにしました。先生の理論を踏まえると、ある事象と別の事象が結びついているということが確かにわかる。けれども、そもそもそれらを結びつける理論がどこから来て、どのように生み出されたのか、全く見当がつかない。先生のアイデアの独創性は、そのようなものでした。

※本記事の全文(約7000字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(柏原正樹「 日本人初の快挙 アーベル賞を受賞して 」)。この記事では下記の内容をお読みいただけます。
・1971年夏の京都
・研究を続ける秘訣
・数学の美しさとは
・行き詰まった時にすること
・数学教育への疑問

柏原 正樹/文藝春秋 2025年7月号