>>253−254の流れから>>255の発信がすべてを物語っている。

どこから、そんな「自信満々」(または自己欺瞞)が生じるのか?

世間以前に先ず疑うべきは、そのメガネか己の両眼か頭脳ではないか?
そんな「普通」のことが分からない者が「論文を書いた」といえるか?

それまで己の耳目に届いて築かれた狭い了見の「己の知る世間」だけにすがりつき、いくらじたばたしても未だ届かず応答もせぬ「世界」を批判というより寧ろ、不平不満の対象として見下して「五歳児の万能感」を露呈する。

そんな楽チンな戯言に、わずかばかりでも「世界」が応えるとお思いか?