探検


「名誉教授」のスレ 5

186132人目の素数さん
垢版 |
2026/07/05(日) 05:26:08.78ID:Hkzk6a1O
こういう時代だと
ナイーブにかなう者はいなくなるだろう
187132人目の素数さん
垢版 |
2026/07/05(日) 07:17:22.98ID:oqhCfBku
>>178
>元になってるノイマン型コンピュータはもともと軍事目的だよ

ゴールポストを動かしているw
最初のゴールポストは、”パソコン”>>170だったよねww

「コンピュータはもともと軍事目的」について、
軍事用から民間に転用された多くの技術の一例にすぎない
なお、”ノイマン型”と”コンピュータ”は、いまの場合分けるべきだな
細かい話は、下記のwikipediaを辿ってくれ

(参考)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%82%A4%E3%83%9E%E3%83%B3%E5%9E%8B
ノイマン型
コンピュータの基本的な構成法のひとつである。今では基本的なコンピュータ・アーキテクチャのひとつとされるが、そもそもコンピュータの要件とされることもあり、このあたりの定義は循環的である。
構成
プログラム内蔵方式のディジタルコンピュータで、CPUとアドレス付けされた記憶装置とそれらをつなぐバスを要素に構成され、命令(プログラム)とデータを区別せず記憶装置に記憶する。

https://en.wikipedia.org/wiki/First_Draft_of_a_Report_on_the_EDVAC
(google訳)
EDVACに関する報告書の初稿 (一般に「初稿」と略される)は、ジョン・フォン・ノイマンによって書かれ、機密扱いのENIACプロジェクトのセキュリティ責任者であったハーマン・ゴールドスタインによって1945年6月30日に配布された、未完成の101ページの文書である。この文書には、プログラム内蔵方式を用いたコンピュータの論理設計に関する最初の公開された記述が含まれており、これはフォン・ノイマン・アーキテクチャとして知られるようになった。しかし、フォン・ノイマンがENIACの主要エンジニアであるジョン・モークリーとJ・プレスパー・エッカートといった他の貢献者の名前を挙げなかったため、この名称は物議を醸している。
論争
この報告書の発行と配布は、EDVAC設計チームの各派閥間の激しい対立の原因となった。理由は2つある。[ 3 ] 第一に、この報告書は後にEDVAC特許出願の1年以上前に公開された情報とみなされ、結果として最終的な特許が無効になった。第二に、EDVAC設計チームの一部メンバーは、プログラム内蔵方式の概念はフォン・ノイマンがコンサルタントとして活動する以前のペンシルベニア大学ムーア電気工学部での会議から生まれたものであり、第一草稿に示されている作業の多くは、議論された概念をフォン・ノイマンが精通していた形式論理の言語に翻訳したに過ぎないと主張した。そのため、フォン・ノイマンとゴールドスタインが第一草稿の著者として他の人物を記載しなかったため、功績はフォン・ノイマン一人に帰せられることになった。(マシュー効果とスティグラーの法則を参照。)

つづく
188132人目の素数さん
垢版 |
2026/07/05(日) 07:17:57.92ID:oqhCfBku
つづき

https://en.wikipedia.org/wiki/Herman_Goldstine
(google訳)
ヘルマン・ハイネ・ゴールドスタイン(1913年9月13日- 2004年6月16日)は、数学者でありコンピュータ科学者で、プリンストン高等研究所のIASマシンのディレクターを務め、現代の電子デジタルコンピュータの先駆けであるENIACの開発に貢献した。その後、 IBMフェローとして長年にわたりIBMに勤務し、同社で最も権威ある技術職に就いた。

BRLとムーアスクール
アメリカ合衆国が第二次世界大戦に参戦した結果、ゴールドスタインは1942年7月に教授を務めていたミシガン大学を辞職し、陸軍に入隊した。彼は少尉に任官され、メリーランド州アバディーン試験場の 弾道研究所(BRL)で兵器数学者として射撃表の計算に従事した。

ENIAC
ムーア校の機械式微分解析器の調整を行っていたエンジニアのジョセフ・チャップリンは、ゴールドスタインに、ムーア校の物理学講師であるジョン・モークリーを訪ねるよう勧めた。モークリーは、真空管を用いた電子計算機を使えば計算を数千倍速くできるというメモを配布していた。モークリーは提案書を作成し、1943年6月、ゴールドスタインと共に陸軍からプロジェクトの資金を確保した。ENIACは30ヶ月、20万人の作業時間をかけて製造された。ENIACは巨大で、30フィート×60フィートの部屋を占め、18,000本の真空管で30トンの重さがあった。この装置は20個の数値しか記憶できず、プログラミングには数日かかった。第二次世界大戦が終結に向かう1945年末に完成した。

ジョン・フォン・ノイマンとの出会い
1944年の夏、ゴールドスタインはメリーランド州アバディーンの鉄道駅のプラットフォームで、著名な数学者ジョン・フォン・ノイマンと偶然出会い、ペンシルベニア大学での自身のプロジェクトについて説明した。ゴールドスタインは知らなかったが、フォン・ノイマンは当時、最初の原子爆弾の開発を目指すマンハッタン計画に取り組んでいた。この計画に必要な計算もまた、途方もなく困難なものだった。

初稿​
ゴールドスタインとの会話の結果、フォン・ノイマンは研究グループに参加し、「EDVACに関する報告書の初稿」というメモを書いた。フォン・ノイマンはこれを研究グループへのメモとして書いたのだが、ゴールドスタインがそれをタイプして101ページの文書にし、フォン・ノイマンを唯一の著者とした。
(引用終り)
以上
189132人目の素数さん
垢版 |
2026/07/05(日) 08:10:11.53ID:oqhCfBku
>>178
>元になってるノイマン型コンピュータはもともと軍事目的だよ

ゴールポストを動かしているw
最初のゴールポストは、”パソコン”>>170だったよねww

「コンピュータはもともと軍事目的」について、
軍事用から民間に転用された多くの技術の一例にすぎない
なお、”ノイマン型”と”コンピュータ”は、いまの場合分けるべきだな
細かい話は、下記のwikipediaを辿ってくれ

(参考)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%82%A4%E3%83%9E%E3%83%B3%E5%9E%8B
ノイマン型
コンピュータの基本的な構成法のひとつである。今では基本的なコンピュータ・アーキテクチャのひとつとされるが、そもそもコンピュータの要件とされることもあり、このあたりの定義は循環的である。
構成
プログラム内蔵方式のディジタルコンピュータで、CPUとアドレス付けされた記憶装置とそれらをつなぐバスを要素に構成され、命令(プログラム)とデータを区別せず記憶装置に記憶する。

https://en.wikipedia.org/wiki/First_Draft_of_a_Report_on_the_EDVAC
(google訳)
EDVACに関する報告書の初稿 (一般に「初稿」と略される)は、ジョン・フォン・ノイマンによって書かれ、機密扱いのENIACプロジェクトのセキュリティ責任者であったハーマン・ゴールドスタインによって1945年6月30日に配布された、未完成の101ページの文書である。この文書には、プログラム内蔵方式を用いたコンピュータの論理設計に関する最初の公開された記述が含まれており、これはフォン・ノイマン・アーキテクチャとして知られるようになった。しかし、フォン・ノイマンがENIACの主要エンジニアであるジョン・モークリーとJ・プレスパー・エッカートといった他の貢献者の名前を挙げなかったため、この名称は物議を醸している。
論争
この報告書の発行と配布は、EDVAC設計チームの各派閥間の激しい対立の原因となった。理由は2つある。[ 3 ] 第一に、この報告書は後にEDVAC特許出願の1年以上前に公開された情報とみなされ、結果として最終的な特許が無効になった。第二に、EDVAC設計チームの一部メンバーは、プログラム内蔵方式の概念はフォン・ノイマンがコンサルタントとして活動する以前のペンシルベニア大学ムーア電気工学部での会議から生まれたものであり、第一草稿に示されている作業の多くは、議論された概念をフォン・ノイマンが精通していた形式論理の言語に翻訳したに過ぎないと主張した。そのため、フォン・ノイマンとゴールドスタインが第一草稿の著者として他の人物を記載しなかったため、功績はフォン・ノイマン一人に帰せられることになった。(マシュー効果とスティグラーの法則を参照。)

つづく


>>187 補足
>「コンピュータはもともと軍事目的」について、
>軍事用から民間に転用された多くの技術の一例にすぎない

他に 軍事用から民間に転用された技術例として思いつくのが
レーダー、GPS それにジェット機には、多く軍事関連の技術が使われている
軍の費用で開発された技術が、民間で生かされることは 別に悪いことではない
190132人目の素数さん
垢版 |
2026/07/05(日) 08:13:45.50ID:oqhCfBku
>>189 訂正

失敗
前半なしな
191132人目の素数さん
垢版 |
2026/07/05(日) 08:23:55.36ID:oqhCfBku
>>179
>>>極右のおばさんとは思想が違うだけのこと
>コピペ爺さんに思想なんかあるのかね?
>ググってコピってはい終わりだろ
>思想も教養もあるとは思えん

まあ、おれについて 教養が無い は当たっているとしても
極右のおばさんよりましだろう

1)極右のおばさんは、天皇陛下の皇室典範発言を 軽く考えすぎと思うよ
 天皇陛下の皇室典範発言を軽く扱うようじゃ、天皇の権威は守れないよ
2)天皇は、憲法上は政治的権能を持たないが
 しかし、形式的には 三権の長の上の存在で
 総理大臣も 形式的には 天皇から認証を頂く
 つまりは、形式的には 総理は天皇の臣下という位置づけだ
3)極右のおばさんの、天皇陛下軽視が目に余る
 
(参考)
https://news.yahoo.co.jp/articles/49ed6d81b64923620316035a8b95de56b261122e
「悪い意味でサナエ劇場」識者が警鐘…天皇陛下の“おことばナシ”、先導役も格下げ…昭和100年式典で高市首相の「皇室軽視なふるまい」
5/12(火) 女性自身

連休明けのあわただしい永田町で、波紋を広げている出来事があった。GW前半の4月29日、政府が主催した「昭和100年記念式典」での一幕だ。自民党関係者は当日を振り返る。

「4月29日は昭和天皇の誕生日で、今は『昭和の日』となっています。2026年は昭和元年から満100年を迎えるということで、岸田政権下の一昨年に、超党派の保守派の議員が中心となって、政府に式典の開催を要望していたという経緯があります。

式典委員長は高市早苗総理が務め、衆参両院の議長ら三権の長、国会議員、各界を代表する人物ら約5600人が招かれました。高市総理はじめ三権の長らが式辞を述べたのですが、壇上の中央にいらっしゃる天皇陛下の“おことば”はありませんでした。

このような式典で陛下が挨拶されることはたびたびありますので、『なぜ陛下が挨拶されないのだろう……』と、首をかしげる国会議員も少なからずいたのです」

三権の長らの挨拶に続き、海上自衛隊東京音楽隊が『上を向いて歩こう』『なごり雪』など昭和の名曲を演奏。TMNETWORKの『Get Wild』の演奏が始まると、ロック好きでも知られる高市首相は口ずさみながら、ガッツポーズで合いの手を入れるなどノリノリの様子だった一幕も注目された式典だった。

皇室研究家で神道学者の高森明勅さんも、式典に出席した一人だ。式典の印象についてこう話す。

「この昭和100年記念式典が、まるで悪い意味で“サナエ劇場”となっていたと感じました。高市首相は式辞を『日本列島を、強く豊かに』と締めくくりましたが、これは首相が2024年に出版した著作のタイトルにも入っている文言で、公私混同です。主役は自分だという感覚が、演奏時にノリノリでご機嫌な様子につながっているように見えました」
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