>>562 追加
下記 今日の<産経抄>と 読売編集手帳のバカコラムと比較してみなよ
<産経抄>の方が、よほどしっかり書けていることが、分かるだろうさ

追伸
イランについて、補足しておくと
1)下記 2015年 ”the P5+1, China, France, Russia, the UK, the US, plus Germany: Iran agreed to extensive monitoring and restriction of activities at nuclear facilities in Iran including Arak”
 つまり、欧州などChina, France, Russia, the UK, the US, plus Germanyなどを入れた合意案を結んだ。これが オバマ時代
2)ところが、2018年に あまのじゃく トランプは 「オバマのやったことは気に入らない」と 離脱した。これトランプ一期目のこと
(Donald Trump unilaterally withdrew from the plan, imposing a maximum pressure campaign of sanctions, and Iran began stockpiling enriched uranium[a][18][19][20] and largely suspended IAEA monitoring)
3)そして トランプ 二期目 の今年2026年2月末に 突如イラン攻撃をしかける
 勝手に 一方的に協定をトランプ一期目で離脱しておいて、10年後 トランプ二期目で攻撃しかけて あげく どうも失敗の様子 やれやれ

2026年2月末のイラン攻撃のときに
ある日本の軍事評論家も言っていたのが
北朝鮮は核をすでに持っていて だから攻撃できない
一方 イランは核をまだ持っていないので 攻撃された
となると 非常にまずいよねと(特に日本にとっては)

(参考)
https://www.sankei.com/article/20260807-GGITDV7HCFMEREGQFXQJ2RB4R4/
sankei.com
<産経抄>広島、長崎の原爆忌 なぜ専制国家への名指し批判避けるのか    
2026/8/7

スペインの哲学者オルテガ(1883〜1955年)に知られた言葉がある。「私は<私+私の環境>である」。環境とは親や知己、郷里の山川草木まで含むらしい。「私」を構成する要素の多くは、自分の意思ではどうにもならない。

▼唯一の戦争被爆国である日本の立場を思うとき、先の言葉を重ねてしまう。原爆被害の実相を伝える被爆者の声は、どんな形であれ次の世代に引き継がねばならない。国際情勢はしかし、緊迫の度合いを年々強めている。「核なき世界」の理想は許してもらえそうにない。

▼6日の広島、9日の長崎。戦後81年の原爆忌が巡ってきた。きのうの平和記念式典で、松井一実広島市長は「世界の為政者の皆さん」に向けて「いつまで失望させ続けるのか」と問うた。核廃絶への呼びかけが核保有国などに響かぬ焦りだろうか。

▼「核を脅しに使った軍事侵攻」「他国に責任を転嫁し自国の行動を正当化する為政者の言動」は平和宣言の一節である。なぜ名指しでの批判を避けたのか。核武装や核兵器開発で世界を揺さぶるのは中国、ロシア、北朝鮮、イランの為政者だろう。

つづく