>>755
>そんなやつが、新聞のコラムの文章を上から目線で批評しようってんだから笑止千万

そうかなw (^^
例えば、産気新聞看板コラム ”<産経抄>思うことみな君にかかわる”
これはよく書けている。タイトルからしてキャッチーだ(意味は文中ご参照)
こういうコラムを書いてくれれば、上から目線など おこがましい
ツカミから入って、最後
”「夏炉冬扇」のごときズレた文章を、お目にかけるのも恥ずかしい。というわけで、引き出しから何の小道具も取り出せぬまま、締め切りが迫ってくる”
と締める。ここまで来れば名人芸。楽屋話で始った文章が、流れるように最後に繋がって締めになる

(参考)
https://www.sankei.com/article/20260808-OZWG2CMS2JK7LKIZDMON22HS5A/?337065
<産経抄>思うことみな君にかかわる
2026/8/8
 楽屋話めいたことを書くのは気が差すものの、お許し願いたい。「コラムのテーマはいつ決めるんですか? 前の夜から?」。こんなことを知人からよく聞かれる。いいえ。早くて当日の朝、遅いときだと正午を過ぎても決まりません。

▼包まずに言えば出たとこ勝負だ。そう答えると意外な顔をされる。決まった枠の中に、決まった字数を収める。特殊な体裁だけに、書き手の抜かりない準備を読む側は想像するらしい。この手の話で思い出すのは、「釈迢空(しゃくちょうくう)」の名で歌を詠んだ民俗学者の折口信夫(しのぶ)である。

▼通りかかった地で元教え子が亡くなったと聞き、追悼の歌を墓前に捧(ささ)げた。<紀伊の国の関を越え来てあはれなり/思ふことみな君にかかはる>。即興と思えぬ哀調が胸にしみる。実は<思ふこと―>以下は孕(はら)み句、用意しておいた句なのだとか。

▼上の句をご当地に即した形で詠めば、体裁が整う計算である。便利な��小道具�≠ノは違いない。当方も応用できればいいのだが、コラムも新聞記事の一つ、できれば熱々のニュースを取り上げたい。花鳥風月を書くにしても、季節を違(たが)えたくない。

▼コラムも四季の巡りの中で呼吸をする生き物だからだ。それゆえ「何かの時に備えて一本用意しておけ」と言われると困る。確かに、当方が事故やトラブルに遭い筆を執れなくなったとき、あわてなくて済む。問題は、そんな状況がいつ訪れるか予見できないことである。

▼晴れの日か、雨の日か。暑いか寒いか。哀歓苦楽の何を書くのか。感情の乾湿を、どこに合わせるのかも難しい。「夏炉冬扇」のごときズレた文章を、お目にかけるのも恥ずかしい。というわけで、引き出しから何の小道具も取り出せぬまま、締め切りが迫ってくる。