山形の天皇
服部敬雄(はっとり よしお、1899年〜1991年)は県紙・山形新聞、民放第1号局の山形放送(以降YBC)、第2号局の山形テレビ(以降YTS)、バス会社の山形交通(現・山交バス)の社長を歴任。地元メディアを中心に経済界に強大な権力を持っていた。山形県知事選や県議選など県政にもその影響力を及ぼしており、誰からともなく「服部天皇」「山形の首領」と呼ばれるようになっていた。
山形空港の開設や山形大学医学部設置といった功績がある一方、県外資本の企業がなかなか進出できなかった影には服部の力が働いたともされ、全国資本のコンビニチェーンやマクドナルドなどのファストフードチェーンが山形県内に初出店をしたのも彼の逝去後、1993年と東北最後発であった。
その逝去時には「赤飯を炊いて喜んだ家庭があった」という噂が出た。現在でも山形のマスメディアは一種のタブーであるかのように沈黙を続けている。

野生の証明に出て来る地方権力者のモデル