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video news2026年07月18日更新
2026年07月18日公開
なぜ「万世一系・男系男子」でなくてはならないのか
マル激トーク・オン・ディマンド マル激トーク・オン・ディマンド (第1319回)
(抜粋)
概要
 7月17日、国会で皇室典範改正法が成立した。皇室典範の本則が本格的に改正されるのは、戦後初めてのことだ。

 今回の改正は、皇族数の減少への対応として議論されてきた。皇族の数が減ったために、皇族一人ひとりの公務負担が重すぎるというのが、その理由だった。そのため、皇族の数を増やすために、女性皇族が結婚後も皇族の身分を保持できるようにすることと、戦後に皇籍を離脱した旧宮家の男系男子を養子として皇族に迎えることを可能にすることが、その柱となっていた。元々はそういう話のはずだった。

 ところが、いざ法案が国会で審議される段階になって、政府から国会に上程された改正法には、養子となった旧宮家の男子に生まれた男系男子に将来の皇位継承資格を認める仕組みが盛り込まれていた。そのため、今回の改正は、皇族数の確保という実務的な課題への対応にとどまらず、皇位継承制度そのもののあり方に関わるものとなった。

 日本古代史を専門とする国立歴史民俗博物館名誉教授の仁藤敦史氏は、「神武天皇以来2600年」という年代観そのものが、7世紀から8世紀にかけて『日本書紀』が編纂される過程で盛り込まれたものであり、歴史学が実証できる天皇の系譜は、それよりかなり後の時代からだと指摘する。また、日本の歴史には8人10代の女性天皇が存在しており、「男系男子」が皇位継承の唯一の原則として制度化されたのは、実は明治期の皇室典範制定以降のことだという。

 では、井上はなぜそこまで男系男子にこだわったのか。その背景には、当時の明治政府を取り巻く状況が色濃く反映されていたと考えられている。

 260年続いた徳川の治世が終わり、薩長を中心に形成された明治政府は、政府の正統性を高めるために天皇の権威を最大限に利用した。そうした中で後に内閣法制局長官の座に就く井上は1886年に伊藤に提出した「謹具意見」の中で、国家の最高権威である天皇だけは政治から切り離された絶対的な存在にすべきだと説き、皇統に疑義が生じないことや王朝交代の可能性を完全に排除するためには、男系男子を制度化することが必要だと進言した。つまり、「男系男子」は明治政府にとって、自らの正統性を高めるための手段として提案され、そして採用されたものだったと考えられているのだ。