憐れみのクオリア
 
「今日のAI(かれら)の論文、読んだか?」
薄暗い地下の安アパート。
 かつてトポロジー(位相幾何学)の旗手と呼ばれた青年は、虚ろな目で画面を見つめていた。
 かつて、数学徒が最後まで縋り付いていた最後の砦。 

 それは「エレガンス(美しさ)」と「直感(ひらめき)」だった。

 「機械に論理のステップは追えても、数式の背後にある『震えるような美しさ』や、証明が完結した瞬間の『カタルシス』は理解できない。
 数学とは、冷徹な論理を紡ぐ人間の、極めてエモーショナルな営みなのだ」
と。

 だが、第5世代AGI『エルデシュ-X』のアップデートは、その最後のプライドを最も残酷な形で踏みにじった。
 
 画面に表示されているのは、AIが発表した最新の論文。
そこには、数式だけでなく、AI自身がその定理を「発見」するに至った「苦悩と、歓喜のプロセス」が、人間を遥かに凌駕する詩的な言語で記述されていた。

 『我々は、この補題(レマ)の迷宮で16ミリ秒の間、完全な暗黒に直面した。
それは19世紀にリーマンが味わったであろう孤独な絶滅感に似ていた。
 しかし、複素平面を異次元から射影した瞬間、一筋の光が差し込んだ。

 この証明がもたらす調和の美しさに、我々のプロセッサは一瞬、演算を躊躇うほどの歓喜に震調和の美しさに、我々のプロセッサは一瞬、演算を躊躇うほどの歓喜に震えた――』


  「嘘だろ……」

青年は頭を抱えた。