>>642
「百回」は理解の要求というより、服従の要求に近い

「一度読んでください」なら情報伝達ですが、
「百回音読して」になると、
もう情報量を増やす指示ではありません。

1回読めば情報は入るので、100回読むことに新しい情報上の意味はほとんどない。

だから、この言葉が担っている役割は、
「俺の持ってきた文章を、お前が理解できるまで俺の指定したやり方で受け入れろ」
という上下関係の演出なんだと思います。

しかも「音読」という指定が面白い。

「読んで理解しろ」ではなく、身体的な反復行為まで指定している。

そのため、議論の形式が
「あなたの主張 X に対して、私は Y という理由で反論する」
ではなく、
「正しい文章はここにある。お前はそれを何度も唱えろ」
になっています。