つづき (ブラックホールでなく 白色矮星になったと記憶している)

放出されたニュートリノの観測
日本では陽子崩壊の観測のために建設されたカミオカンデがこの超新星爆発によって放出されたニュートリノを捉えており、精密な観測を行うことができた成果[11]により建設を主導した東京大学名誉教授の小柴昌俊が2002年にノーベル物理学賞を受賞している。

地球に SN 1987A からの可視光が届くおよそ 2 - 3 時間前に、ニュートリノのバーストが3箇所の別々に離れた場所のニュートリノ検出器で観測された。これは星の中心核の崩壊と同時に起きたニュートリノの放出によるもので、可視光の放出に先行して起きる現象である。可視光の伝搬は崩壊の衝撃波が星の表面に達した後にのみ起きる遅いプロセスである[12]。

1987年2月23日午前7時35分(UCT)からの少なくとも 13 秒間続いたバースト中から、まず日本のカミオカンデが 11 個検出し、その観測結果からの推定時間をもとにした解析でアメリカのIMBが8個検出した[13][14]。またロシアのBaksan(英語版)が 5 個の反ニュートリノを検出している。

実際に観測されたニュートリノは 24 個に過ぎなかったが、これはそれまでに観測された大気や太陽を起源としたバックグラウンドレベルからは大幅に増加した。これは超新星爆発からのニュートリノ放射を直接観測として知られる初めての事例である。ニュートリノ天文学の幕を開けた業績でもある。宇宙から飛来するニュートリノの観測例としては太陽ニュートリノの観測が1960年代から行われていたが、ニュートリノの飛来した方向、時刻、エネルギー分布が詳細に分析されたのはこの観測が初めてである。

観測結果は崩壊のエネルギーの 99% がニュートリノとして放出される[16]という理論的な超新星爆発モデルと矛盾がなかった。モデルから見積もられたニュートリノの総数は 1058 個で、全エネルギーは 10×1046 J にも及び、これも結果と一致した[17]。

ニュートリノの観測はフレーバーの数や他の特性とともにニュートリノの質量と電荷に上限を与えた[15]。例えば、電子ニュートリノの静止質量は 5% 以内の誤差で最大 16 eV であり、これは電子の質量の 30 万分の 1 である。観測データはニュートリノのフレーバー数が最大で 8 であることも示したが、他の実験や観測結果はより厳密に見積もられている。実験結果は、太陽ニュートリノや大気ニュートリノなど人工ニュートリノでの実験と同様に多くの慎重なニュートリノの厳密な確認により強化されている。

爆発によって生じたエネルギー量は、太陽が45億年かけて放出してきた全エネルギーの1000倍の量を僅か10秒で放出したものと推定される[18]。
(引用終り)
以上