>>368
>これが 画期的だったのは、地球近くの超新星爆発 それは天体観測可能ということだが
>その確率は 数百年に1回あるかないか
>その当りクジ(ノーベル賞)を引いた 小柴先生の運の強さよ(^^

小柴昌俊―私の履歴書を書いていたなと思い出して検索したらあった(下記2003年2月の連載)
”第23回(1987年2月23日――退官直前 奇跡起きる)”とある
”第25回(「振動」発見――質量持ち他種に変身)”
の冒頭で 小柴先生が
「超新星爆発のニュートリノを捕まえたのは高温だったとよく人から言われる。確かに運が良かったと思う。しかし確かな準備がなければ決して運をつかめなだろうとも思っている」
と記されている。これが、本音であり 客観的にもその通りだろう

https://www.nikkei.com/article/DGXZZO66180060T11C20A1000000/
小柴昌俊―私の履歴書
2020年11月13日 日経
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超新星爆発で放出されたニュートリノの観測に世界で初めて成功し、2002年にノーベル物理学賞を受賞した東京大学特別栄誉教授の小柴昌俊(こしば・まさとし)さんが亡くなりました。長らく謎に包まれていた素粒子「ニュートリノ」を捉え、宇宙の成り立ちに迫る「ニュートリノ天文学」を開拓しました。2003年2月に日本経済新聞に連載した「私の履歴書」を再録し、小柴さんの研究者人生を振り返ります。
この連載は、2003年2月に日本経済新聞に連載した「私の履歴書」を再掲したものです。
第1回(宇宙への窓――ニュートリノと半生)
第2回(両親――陸軍軍人の父、昔気質)
第3回(小学校時代――操行「丙」の後は優等生)
第4回(小児マヒ――中学1年、5カ月休む)
第5回(金子英夫先生――物理学の本を病室に)
第6回(一高生のころ――全寮委の副委員長に)
第7回(物理学に進む――教授発言に奮い立つ)
第8回(朝永先生――著書英訳 引き受ける)
第9回(実験を志す――理論物理、早々見切り)
第10回(ロチェスター大――高給欲しさ、張り切る)
第11回(超新星――宇宙線の起源で新設)
第12回(結婚・再渡米――国際研究へ長期出張)
第13回(指揮官の死――伊の第一人者 顧問に)
第14回(気球実験――巨額予算 外国人にも)
第15回(南部先生――研究室で議論戦わす)
第16回(帰国――神の導き?東大に戻る)
第17回(夏休み実験――学生のやりがい期待)
第18回(神岡鉱山へ――茅先生のツテで実現)
第19回(幻の加速器実験――宇宙線と二正面作戦)
第20回(陽子崩壊――「大統一理論」巡り予測)
第21回(浜松テレビ――20インチの光電子増倍管)
第22回(ニュートリノ――太陽で発生、降り注ぐ)
第23回(1987年2月23日――退官直前 奇跡起きる)
第24回(つばぜり合い――ニュートリノを確認)
第25回(「振動」発見――質量持ち他種に変身)
第26回(ノーベル賞――多くの人の助けに感謝)
第27回(夢の卵――文学・音楽、そして実験)